魯迅箴言日記 2022/05/28 喀血のやむ頃庭の葵哉(明治33年、1900年)

 今日は5月28日、土曜日です。今日は午前中、北狄399号の編集の仕事をし、11時過ぎに古川の木村ビルに行き、工藤さんと一緒に、わんずの出資者名簿のファイルを探しました。工藤弘毅さんが市民自然エネルギーのフォルダーにあった名簿を見つけてくれました。これで、名簿の転記は必要なくなりました。天気が崩れてきそうで、正嵐でもっきりかけそばを食べ、午後の最終処分場にしない条例制定の会の学習講演会を家でのZOOM会議に切り替えることにしました。案の定、2時くらいから激しい雨となりました。自転車で行っていれば、昨日につづいて濡れ鼠になっているところでした。北狄399号の編集では、メールで送ったのが3作、あと原稿(紙ベース)を6部ほどゆうメールで送ることにしました。北狄399号の発行ができそうで安心しました。

 今日の子規歳時は、「喀血のやむ頃庭の葵哉(明治33年、1900年)」です。

葵;①㋐フユアオイ・タチアオイ・ゼニアオイなど、大形の花をつけるアオイ科草本の俗称。現代の俳諧では特にタチアオイをいうことが多い。夏。万葉集(16)「延はふ葛くずの後にも逢はむと―花咲く」
ウマノスズクサ科の多年草フタバアオイのこと。

②襲かさねの色目いろめ。表は薄青、裏は薄紫。(桃華蘂葉)

③紋所の名。賀茂社の神紋の賀茂葵に由来し、種々に変形。特に、徳川家の家紋の葵巴。「―の御紋」

源氏物語の巻名。葵の上と六条御息所の車争いと、葵の上の死を描く。 →葵の上あおいのうえ。

  今日の魯迅箴言は、箴言130-30「私はたしかに、いつも他人を解剖しているが、」です。

 我的确时时解剖别人,

   然而更多的是更无情面地解剖我自己。

 私はたしかに、いつも他人を解剖しているが、

 しかしそれより多く、さらに容赦なく私自身を解剖している。