魯迅箴言日記 2026/09/11 萩芒今年は見たり来年は(明治30年、1897年)

 今日は9月11日、三内の家、登記抹消。今日の子規歳時は、「萩芒今年は見たり来年は(明治30年、1897年)」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-105「濁流はむろん、一杯の清水の清潔さや透明さにおよばない。」です。

 一道浊流,固然不知一杯清水的干净而澄明,

    但蒸馏了浊流的一部分,却就有许多杯净水在。

    濁流はむろん、一杯の清水の清潔さや透明さにおよばない。

 だが、濁流の一部を蒸留すれば、何杯もの澄んだ水になる。

魯迅箴言日記 2026/10/22 尻焦げし柚味噌の釜や古畳(明治32年、1899年)

 今日は10月22日、木曜日。今日の子規歳時は、「尻焦げし柚味噌の釜や古畳(明治32年、1899年)」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-106「人生は、寄せ集めのなかにではなく、」です。

 人生却不在拼凑,

    而在创作,

    几干百万的话人在创造。

 人生は、寄せ集めのなかにではなく、

 創造のなかに在る。

 幾千万の生ける人々は創造とともに在るのだ。

 

魯迅箴言 2026/09/10 案山子ものいはば猶さびしいそ秋の暮(明治24年、1891年)

 今日は9月10日、木曜日。県議会議長室、要請文(核ゴミ)手交。今日の子規歳時は、「案山子ものいはば猶さびしいそ秋の暮(明治24年、1891年)」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-106「人生は、寄せ集めのなかにではなく、」です。

 人生却不在拼凑,

    而在创造。

    几千百万的活人在创造。

 人生は、寄せ集めのなかにあるのではなく、

 創造のなかに在る。

 幾千万の生ける人々は創造とともに在るのだ。

 

魯迅箴言日記 2026/10/21 豚汁や芋を得て秋の季となりぬ(明治32年、1899年)

 今日は10月21日、水曜日。今日の子規歳時は、「豚汁や芋を得て秋の季となりぬ(明治32年、1899年)」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-107「あえて正視してこそ、」です。

 必须敢于正视,

    这才可望敢想,敢说,敢作,敢当。

 あえて正視してこそ、

 はじめて果敢に考え、説き、行ない、事に当たれるのだ。

魯迅箴言日記 2026/10/20 虚子を待つ松蕈鮓や酒二合(明治30年,1897年)

 今日は10月20日、火曜日です。今日の子規歳時は、「虚子を待つ松蕈鮓や酒二合(明治30年,1897年)」です。

 たかはま‐きょし 【高浜虚子】

 俳人・小説家。本名、清。愛媛県松山生れ。二高中退。正岡子規に師事。「ホトトギス」を主宰して花鳥諷詠の客観写生を説いた。句集「五百句」「虚子俳話」、小説「俳諧師」「風流懺法」など。文化勲章。(1874~1959)
[広辞苑 第七版]

 今日の論語は、箴言130-108「幻滅するのは、多くの場合、」です。

 幻灭之来,

    多不在假中见真,

    而在真中见假。

 幻滅するのは、多くの場合、

 仮のなかに真を見たときではなく、

 真のなかに仮を見たときである。

 

魯迅箴言日記 2026/09/09 コホロギヤ物音絶エシ台所(明治34年、1901年)

 今日は9月9日、水曜日。藤川司法書士事務所。三内の土地の登記抹消終了。三内の家の終わり。今日の子規歳時は、「コホロギヤ物音絶エシ台所(明治34年、1901年)」です。

 こおろぎ 【蟋蟀】 コホロギ

①バッタ目コオロギ科コオロギ亜科の昆虫の総称。近縁のクチキコオロギ亜科などを含めることもある。体はおもに黒褐色。後肢は長く、跳ねるのに適する。草地などに多く、雄は夏から秋にかけて鳴く。大形のエンマコオロギをはじめ種類が多い。ちちろむし。古名きりぎりす。秋

②古くは、秋鳴く虫の総称。万葉集(10)「我がやどの浅茅がもとに―鳴くも」
[広辞苑 第七版]

 今日の魯迅箴言は、箴言130-108「幻滅するのは、多くの場合、」です。

 幻灭之来,

    多不在假中见真,

    而在真中假。

 幻滅するのは、多くの場合、

 仮のなかに真を見たときではなく、

 真のなかに仮を見たときである。

魯迅箴言日記 2026/10/19 暮れ行くや杉の林の薄紅葉(明治29年、1896年)

 今日は10月19日、月曜日。2度目の事前審査。今日の子規歳時は、「暮れ行くや杉の林の薄紅葉(明治29年、1896年)」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-109「誰が言ったのか忘れてしまったが、」です。

 亡记是谁说的了,

    总之是,要极省俭的画出一个人的特点,

    最好是他的眼睛。

    我以为这话是极对的,

    倘若画了全副的头发,即使细的逼真,

    也毫无意思。

 誰が言ったのか忘れてしまったが、

 つまり、極力筆を省いて一人の人間の特徴を描くには、

 彼の眼を描けばいい、と。

 これは的を射て妙である。

 頭髪のすべてを描いたところで、細かさは真に迫るにしても、

 まったく意味はない。