魯迅箴言日記 2022/06/26 蝸牛の頭もたけしにも似たり(明治35年、1902年)

 今日は6月26日、原告団の事務局会議です。午後は川柳雪の会の合評会です。

 今日の子規歳時は、「蝸牛の頭もたけしにも似たり(明治35年、1902年)」です。

 蝸牛; マイマイ目の陸生有肺類巻貝の一群の総称。オナジマイマイウスカワマイマイ・ナミマイマイミスジマイマイなど種類が多い。5〜6階から成る螺旋らせん形の殻があり、大部分は右巻。頭部の2対の触角のうち長い方の先端にある眼で明暗を判別する。雌雄同体で、卵生。湿気の多い時、または夜、樹や草にはいあがって若葉などを食う。世界に約2万種、日本に約700種。かたつぶり。でんでんむし。ででむし。まいまい。まいまいつぶり。かぎゅう。〈[季]夏〉

 今日の魯迅箴言は、箴言130-59「人相の本には、」です。

 相书上有一条说,北人南相,南人北相者贵,

   我看这并不是妄语。

   北人南相者,是厚重而又机灵,

   南人北相者,不消说是机灵而又能厚重。

 人相の本には、北方人の南相、南方人の北相は貴いと書かれている。

 私が見るに、これはあながち妄語でもなさそうだ。

 北方人で南方の人相の者は、重厚で利口、

 南方人で北方の人相の者は、

 言うまでもなく利口で、しかも重厚である。

魯迅箴言日記 2022/06/25 次韻して謝する新茶の絶句かな(明治34年、1901年)

 今日は6月25日、土曜日です。今日の予定は、日課をやることと、全労済の西部地区共済会のレクリエーションに参加することです。森田の農園でさくらんぼ狩りをして、そのあと廻堰の鶴橋温泉で昼食と温泉に入ってきます。8時15分に家を出て、バスで現地へいき、25人の人たち(地区共済会の加入者、青森中央学院大学の中国留学生)とバスの中、温泉の大部屋で交流しました。山東省、天津、黒竜江省出身の留学生でした。共済会の加入者は全員高齢の人ばかりでした。彼女たちに何かしてあげられることがないのか、少し考えさせられました。

 今日の子規歳時は、「次韻して謝する新茶の絶句かな(明治34年、1901年)」です。

 次韻;他人の詩の韻字と同じ韻字を用いて作詩すること。また、その詩。
 新茶;①新芽を摘んで製した、その年の新しい茶。香気が殊に高い。はしりちゃ。夏。〈日葡辞書〉↔古茶。 ②(元禄時代の語)初めて出た遊女。
 絶句;①漢詩形の一つ。4句から成る。1句が五言または七言からなる(まれに六言のものもある)。六朝の民歌に源を発し、唐初に確立、盛唐に至って盛行。 ②話の途中で言葉に詰まること。演劇の台詞せりふや演説・誦読などで、中途でつかえて言句の出ないこと。「突然の知らせに―する」
 今日の魯迅箴言は、箴言130-58「中国の昔の人は、いつもその…」です。

 中国古人,常欲得其全,

    就是制妇女用的乌鸡白风丸,

    也将全鸡连毛血都收在丸药里,

    方法固然可笑,主意却是不错的。

    删夷枝叶的人,决定得不到花果。

 中国の昔の人は、いつもその「全体」を手に入れたがった。

 女性用の「烏鶏白鳳丸」を作るにしても、

 鶏まるごと、毛や血までもすべて丸薬に入れる。

 やり方は笑うべきだが、主意としては悪くない。

 枝葉を刈り落してしまう人は、花も実も得られはしない。

魯迅箴言日記 2022/06/24 撫し子や人には見えぬ笠のうち(明治25年、1892年)

 今日は6月24日、金曜日です。今日は朝から午後にかけて会議で八戸です。夜は6時から憲法学習会です。

 今日の子規歳時は、「撫し子や人には見えぬ笠のうち(明治25年、1892年)」です。

 なでしこ 【撫子・瞿麦】;

ナデシコ科の多年草秋の七草の一つ。日当りのよい草地・川原などに自生。高さ数十センチメートル。葉は線形。8~9月頃、淡紅色の花を開く。花弁は5枚で先が糸状に裂けている。種子は黒色で小さく、利尿に有効。カワラナデシコ。ヤマトナデシコ(同属のセキチクをカラナデシコと呼ぶのに対していう)。とこなつ。広義にはナデシコ科の一群の草本の総称で、自生種のほか園芸品種も多い。夏。万葉集(8)「我がやどに蒔きし―」

②襲かさねの色目。表は紅、裏は薄紫。または、表は紅梅、裏は青。とこなつ。

③紋所の名。 ①の花を取り合わせて描いたもの。

④愛撫する子。和歌などで、多く ①にかけて用いる。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-57「外国は火薬で弾丸を造って敵に抵抗するが、」です。

 外国用火药制造于弹御敌,中国却用它做爆竹精神;

    外国用罗盘针航海,中国却用它看风水;

    外国用雅片医病,中国却拿来当饭吃。

    同是一种东西,而中外用法之不同有如此。

 外国は火薬で弾丸を造って敵に抵抗するが、

 中国はそれで爆竹を作り神を祀る。

 外国は羅針盤で航海するが、中国はそれで風水をみる。

 外国は阿片で治療するが、中国はそれを飯の代わりに食う。

 同じものでも、中国と外国の使い方はこれほど異なっている。

魯迅箴言日記 2022/06/23 五月雨に菅の笠ぬぐ別れ哉(明治25年、1892年)

 今日は6月23日、木曜日です。今日は6時半に起き、日課を少しやり、7時45分に家をでました。青柳事務所で比例区のポスターを8枚を受け取り、今別の田氏、蟹田の松氏にとどけました。10時半に帰宅し、一艘教室の宿題を作句し、日課をやり、12時50分に家を出ました。1時からふれあいの館で教室、3時に終わり、青柳事務所で1時間証紙貼りを手伝いました。4時半に戻り、6時20分にGEA古川事務所に寄り、風さん、柏氏と事務局会議、映画会の打合せ、わんず解体の知らせとイベントの打合せを行ないました。7時半に次回を30日午後4時とすることで散会し、9時過ぎまでプリンターの調整を行ないました。テクノルを呼ぶつもりです。「グレタ ひとりぼっちの挑戦」のDVDが届いたようです。これもあしたの作業です。

 今日の子規歳時は、「五月雨に菅の笠ぬぐ別れ哉(明治25年、1892年)」です。

 菅笠;スゲの葉で編んだ笠。すががさ。

 五月雨;(「さ」は「さつき(五月)」の「さ」に同じ、「みだれ」は水垂みだれの意という)

①陰暦5月頃に降る長雨。また、その時期。つゆ。梅雨。さつきあめ。夏。古今和歌集(夏)「―に物思ひをれば」。奥の細道「―をあつめて早し最上川

②( ①のように)途切れがちに繰り返すこと。「―式」「―スト」

 今日の魯迅箴言は、箴言130-56「科学は中国文化の不足を補うに足らぬばかりか、」です。

 科学不但并不足以补中国文化之不足,

 科学は中国文化の不足を補うに足らぬばかりか

    却更加证明了中国文化之高深。  

 中国文化が高く深いことをさらに証明してくれる

    风水,是合于地理学的,门阀,是合优生学的,

 風水は地理学に、門閥優生学に、

 炼丹,是合于化学的,放风筝,是合于卫生学的                     

 煉丹は化学に、凧揚げは衛生学にぴったり合う。

    。

   「 灵力」的合于「科学」,疑不过其「而已」。「

 神のお告げ」が「科学」に合致するのも、またその一つにすぎない。

魯迅箴言日記 2022/06/22 伸び切って夏至に逢ふたる葵かな(明治29年、1896年)

 今日は6月22日、水曜日です。今朝は5時半に起き、日課をやり、8時に朝食をたべ、風呂へ入り、8時50分に家を出ました。まず、生活クラブ生協の購入表を提出し、アウガ魯迅選集の借用の更新をして、エレベーターで田口幸子さんにばったり会いました。少し痩せていました。新報を購読してもらうことになりました。田名部匡代さんの第一声に立憲民主党泉健太代表が駆けつけてくれました。社民党の今村県連合代表も挨拶しました。泉代表は物価高と年金切り下げによって国民生活は圧迫されていると訴えました。立憲や連合に配慮してか、今村さんは核燃サイクルに言及しませんでした。暦では、昨日21日が夏至でした。

 今日の子規歳時は、「伸び切って夏至に逢ふたる葵かな(明治29年、1896年)」です。

 夏至二十四節気の一つ。太陽の黄経が90度に達する時で、一年中で北半球の昼が最も長く、夜が最も短い。太陽暦では6月21日頃。夏

 葵;

①㋐フユアオイ・タチアオイ・ゼニアオイなど、大形の花をつけるアオイ科草本の俗称。現代の俳諧では特にタチアオイをいうことが多い。夏。万葉集(16)「延はふ葛くずの後にも逢はむと―花咲く」
ウマノスズクサ科の多年草フタバアオイのこと。

②襲かさねの色目いろめ。表は薄青、裏は薄紫。(桃華蘂葉)

③紋所の名。賀茂社の神紋の賀茂葵に由来し、種々に変形。特に、徳川家の家紋の葵巴。「―の御紋」

源氏物語の巻名。葵の上と六条御息所の車争いと、葵の上の死を描く。

 

 今日の魯迅箴言は、箴言130-55「成語は使い古された古典ともまた違い、」です。

 成语和死古典又不同,多是现世相的神髓,

    随手拈掇,自然使文字分外精神;

    又即从成语中,另外抽出思绪;

    既然从世相的种子出,开的也一定是世相的

、花。

    成語は使い古された古典ともまた違い、多くは今の世相の神髄であって、

 意のままに取り入れれば、言葉はことのほか生き生きしてくる。

 さらに成語から思いがけぬ思考の糸口が導かれることもあり、

 世相の種から出てくる以上は、開くのは必ず世相の花である。

魯迅箴言日記 2022/06/21 短夜や砂土手いそぐ小提灯(明治25年、1892年)

 今日は6月21日、火曜日です。昨日に続き、青柳事務所へ9時過ぎに到着し、帰宅したのは8時過ぎでした。

 今日の子規歳時は、「短夜や砂土手いそぐ小提灯(明治25年、1892年)」です。

 短夜;夏の短い夜。夏。万葉集(10)「ほととぎす来鳴く五月の―も」

 今日の魯迅箴言は、箴言130-54「諺は、」です。

 谚语固然好像一时代一国民的意思的结晶,

   但其实,却不过是一部分的人们的意思。

 諺は、ある時代ある国民の意思の結晶のようにみえて、

 じつは、一部の人々の意思にすぎない。

魯迅箴言日記 2022/06/20 椎の舎の主病みたり五月雨(明治32年、1899年)

 今日は6月20日、月曜日です。今日から7月10日まで、青柳事務所で専従することにしました。今回で社民党が最後にならないように見届けるつもりです。今日は夕方までに新報を届け終えました。久しぶりに鈴木君と飲みました。

 今日の子規歳時は、「椎の舎の主病みたり五月雨(明治32年、1899年)」「断腸花つれなき文の返事哉(明治35年、1902年)」です。

 断腸花;シュウカイドウの異名。
 秋海棠;シュウカイドウ科の多年草。中国南部の原産。観賞用に栽培し、しばしば野生化。地下に塊茎がある。茎は肉質・多汁。節は紅色。高さ約60センチメートル。9月頃、淡紅色の単性花を開く。断腸花。秋。「病床に―を描きけり」(子規)
 今日の魯迅箴言は、箴言130-53「風雅の法則によると、」です。

 风雅的定律,

   一个人离开本色,是就要俗的。

   不识字人不算俗,

   他要掉文,又掉不对,就俗;

   富家儿郎也不算俗,

   他要做诗,又做不好,就俗了。

 風雅の法則によると、

 人は「本色」から離れると俗になる。

 字を知らぬ人だから俗というのではなく、

 無理に詩文を引用して取り違えるから、俗になる。

 富豪の息子だから俗なのではなく、

 彼が詩を作ろうとしてうまくいかないから、俗なのだ。