今日は7月20日、月曜日、海の記念日。今日の子規歳時は、「夏山を廊下づたひの温泉哉(明治26年、1893年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-14「同じく現状に不満でも、」です。
同时不满于现状,但打破现状的手段却大不同;
一是革新,一是复古。
同じく現状に不満でも、現状打破の手段は大いに異なる。
一つは革新、ひとつは復古。
今日は7月20日、月曜日、海の記念日。今日の子規歳時は、「夏山を廊下づたひの温泉哉(明治26年、1893年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-14「同じく現状に不満でも、」です。
同时不满于现状,但打破现状的手段却大不同;
一是革新,一是复古。
同じく現状に不満でも、現状打破の手段は大いに異なる。
一つは革新、ひとつは復古。
今日は7月19日、土曜日。今日の子規歳時は、「松島の風に吹かれん単もの(明治26年、1893年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-13「揶揄で敵をあしらうのは、」です。
用玩笑应付敌人,自然也是一种好战法,
但触着之处,须是对手的致命伤,
否则,玩笑终不过是一种单单的玩笑而已。
揶揄で敵をあしらうのは、ひとつの有効な戦法だが、
その突くところは、必ず相手の致命傷でなければならない。
さもなくば、揶揄はただの揶揄に終わろう。
今日は7月18日。今日の子規歳時は、「風板引け鉢植の花散る程に(明治35年、1902年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-11「卑怯な人間が、」です。
卑怯的人,即使有使有万丈的愤火,
除弱草以外,又能烧掉甚么呢?
卑怯な人間が、万丈の怒りの炎を燃えあがらせようとも、
弱い民草のほかに、何を焼き払えるというのか?
今日は7月17日、金曜日。今日の子規歳時は、「祇園会や二階に顔のうづ高き(明治31年、1898年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-11「勇者が怒れば、」です。
勇者愤怒,抽刀向更强者;
怯者愤怒,却抽刀向更弱者。
不可救药的民族中,一定有许多英雄,
专向孩子们瞪眼。
这些孱头们!
勇者が怒れば、刃を抜いてより強い者にたち向かう。
臆病者が怒れば、刃を抜いてより弱い者に向かってゆく。
救われぬ民族には、決まって少なからぬ英雄がいて、
もっぱら子どもにのみ睨みを利かせる。
この臆病者ども!
今日は7月16日、木曜日。今日の子規歳時は、「母親に夏やせかくす団扇かな(明治25年、1892年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-10「もし獅子なら、」です。
倘狮子,自夸怎样肥大是不妨事的,
倘如果是一口猪或一匹羊,肥大倒不是好兆头。
我不如道我们自己觉得现在好像是什么了?
もし獅子なら、どんなに太ったかを誇るのもよかろう。
だが、豚や羊なら、太るのはむしろ良くない兆候である。
我々はいま、自分たちがどちらに似ていると思っているのだろうか?
今日は7月15日、水曜日。今日の子規歳時は、「故郷へ入る夜は月よほととぎす(明治25年、1892年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-9「相手が猛獣のようなら猛獣のように、」です。
对手如凶兽时就如凶兽,
对手如羊时就如羊!
那么,无论什么魔鬼,
就都只能回到他自己的地狱里去。
相手が猛獣のようなら猛獣のように、
相手が羊のようなら羊のように振る舞うのだ!
そうすれば、いかなる魔鬼も、みずからの地獄へ引き返すほかあるまい。
今日は7月14日、火曜日です。
今日の子規歳時は、「梅干すや庭にしたたる紫蘇の汁(明治32年、1899年)」です。
今日の魯迅箴言は、箴言130-8「闘争は、」です。
斗争呢,我倒以为是对的。
人被压迫了,为什么不斗争?
闘争は、むしろ正しいと思います。
抑圧されて、どうして戦わないのですか?