孔子の子孫は北京大学教授

 今年は孔子論語のブームになるような気がしている。三月には孔子の生涯を小説とした本が出版される。また、中野孝次の名著『中野孝次論語』の復刻版が新書版として出版された。
 そんなとき、1月26日の毎日新聞の「木語」に、現代の孔子は「無礼」という記事が載った。紹介する。

 東洋思想の礼といえば、孔子が家元のようなもの。孔子は紀元前6世紀に活躍した。いま北京では孔子の第73代の子孫、孔慶東氏(47)が活躍している。
 北京大学の中国文学部教授で、剣豪小説の研究者だが、ネット・テレビの辛口時評で人気がある。自ら「孔和尚」と名乗り、少林寺の高僧のような格好で登場するタレントだ。最近は「香港人はイヌだ」のコメントが話題になった。
 発端はこうだ。香港の地下鉄の車内で子どもがスナック菓子を食べた。乗客の男性が見とがめて注意した。そばにいた母親にも「香港では車内でものを食べるのは禁止だ。しつけが悪い」と説教した。
 身なりからみて親子は中国本国から来た旅行者。母親はきれた。「知らなかったのよ。もう食べてないでしょ。つまんないことで大騒ぎして」。車内に罵声の応酬が響いた。だれかが携帯で撮影してネットに流した。
 この動画が孔教授の番組で取り上げられ、教授がコメントした。
 ―香港人は英国植民地主義者のイヌだったから中国人に優越感を持っている。いまだにイヌだ。おまえたち(香港人)、人間じゃない。
 ―男は方言(広東語)でしゃべった。標準中国語を話さないやつはアンポンタンだ。
 ―法治など英国人の遺物だ。法で秩序を維持するのは香港人に自覚がなく、人間のレベルが低い証拠だ。
 アンポンタン(原語「王八蚤」)とは、孔子の子孫でなくとも口にするのをはばかる汚い言葉だ。誇り高い教授は、旧英国植民地人に、礼の国の中国人が礼を説教されたことにプライドをいたく傷つけられたのだろう。
 気持はわかるが、中国ではまだ確立していない法治の意義まで否定してしまうのはいかがなものか。
 孔教授はたんなるタレントではない。ノーベル平和賞に対抗して作られた「孔子平和賞」の選考委員会主席の肩書もある。現代中国の知性を代表する知識人の一人なのだ。
 晩年の孔子は、中国の政治に絶望して中国脱出を夢見た。「子曰く、道行われず、桴に乗りて海に浮かばん」と「論語」にある。孔子山東省の人だから論語でいう海とは東シナ海だ。孔子は海の東には古代の礼制を残す理想の国があると信じていた。いかだで東に進めば九州に着く。
 孔子が現代に復活したら、中国の政治が法治以前であることに絶望するにちがいない。そういえば最近、民主派の評論家が米国に亡命した。―

 私も中国に四カ月いて、中国の母親のしつけの悪さ、子どもたち(大学生も含めて)、道徳観念やモラルの欠落をみてきた。公共施設や公共の場での傍若無人な行為など、およそ孔子の唱えた礼・仁・徳の国だとは思えない。空港や電車の車中で考えられないくらいの大声で罵声を浴びせて喧嘩している姿を何度も見た。
 一番端的なのが、交通道徳だ。交通法規を歩行者も車もほとんど守らない。バスに乗るには命がけだ。停留所に猛スピードでやってきて、乗り終わらないうちにまた猛スピードで発車するのは当たり前。食堂で注文するために待っていると、長幼序に関係なく割り込み、譲り合っていたら、いつまでたっても食事にありつけないのだ。
 いま北京で著名な若手日本人コメンテーターの加藤嘉一の本をみるまでもなく、現代中国の現状がいかに非法治的であるかだ。
 孔子の子孫の孔教授がこの程度の知性だとするなら、中国にも明日はないような気がする。ただ、14億人という途方もない人間がひしめき合っているだけなのかもしれない。
 本家の中国がそんな状況なら、孔子が理想の国とした日本こそ、国難を乗り切るためにも、孔子の「論語」に学ぶ時ではないだろうか。