1月2日、遣羽子の吹かれて風に斜なり

 今日は1月2日、今日は火曜日です。元日から酒を断ち、昨夜は良く眠れました。風邪の具合もだいぶ良くなってきました。明日スタンディングアピールから行動開始です。金澤先生の憲法通信は、年末年始も休みなく続いています。今日の通信の安倍晋三の10の大嘘には驚きました。全部真実なだけに面白かったです。大嘘つきを6年も首相に祭り上げている国民の不明を恥じるばかりです。
 明治八年の新年に子規は初めて祖父の家塾の稽古始めに列席し、明治十年に初めてマゲのない新年を迎えたようです。

 今日の魯迅箴言365日は、箴言276です。
 愿中国青年都摆脱冷气,只是向上走,不必听自暴自弃者流的活。能发声的发声。有一分热,发一分光,就令萤火一般,也可以在黑暗里发一点光,不必等侯炬火。
 Yuàn zhōngguó qīngnián dōu bǎituō lěngqì, zhǐshì xiàngshàng zǒu, bùbì tīng zìbàozìqì zhě liú de huó. Néng fāshēng de fǎ shēng. Yǒuyī fēn rè, fā yī fēnguāng, jiù lìng yíng huǒ yībān, yě kěyǐ zài hēi'àn lǐ fā yīdiǎn guāng, bùbì děng hóu jùhuǒ.
 中国の青年には、みんな冷淡な態度から抜け出して、ひたすら上向きにあるき、自暴自棄者流のいうことなど聞かないように希望する。仕事のできるものは仕事をする、声の出せるものは声を出す。一分の熱があれば、一分の光を出す。たとえそれが蛍の火のようなものであっても、暗黒のなかでは一点の光を出すことができる、必ずしも炬火の光を待つ必要なない。