魯迅箴言日記 2024/05/04 雀の子忠三郎も二代かな(明治35年、1902年)

 今日は5月4日、土曜日です。今日はおかじょうきの5月句会の日です。当初は、投句だけにしようかと思いましたが、三沢の寺山修司記念館へ行くことをやめ、出席することにしました。しかし、結果は最悪、文学とはとてもいえません。私の句はただの連想ゲームの言葉遊びのようにしか思えませんでした。もちろん、いい句がつくれない私の負け惜しみのようですが、しかたありません。川柳は鶴彬の句から学ばなければならないような気がします。ダジャレ的なユーモアやひねくれた皮肉っぽい評論家が揶揄したような句は後世に残ることはありません。俳句と川柳の違いがなにか、もう一度勉強してみることにします。

 今日の子規歳時は、「雀の子忠三郎も二代かな(明治35年、1902年)」です。子規の叔父加藤拓川の幼名は忠三郎、その子は二代目忠三郎。この二代目忠三郎が後年、子規の妹律の養子となっています。

 今日の魯迅箴言は、箴言130-82「幼いときに人として扱われなければ、」です。

 小的时候,不把他当人,

    大了以后,也做不了人。

 幼いときに人 として扱われなければ、

 大人になっても人として生きられない。