2012年12月17日の魯迅箴言日記

20121217日(月)
今日の魯迅箴言は、第4章「人として生きる」77節「子女是即我非我的人」(わが子とは、私にして私でない人間である)である。
 「子女是即非我的人,
   但既己分立,也便是人中的人。
   即我,所以更应该尽教育的义务,交自立的能力,
   非我,所以也解放,全部自己所有,成一个独立的人。(『墳』「我々は今、どのようにして父親となるか」1919年。魯迅38歳、この年、「孔乙己」発表)
  Zǐnǚ shì jí fēi wǒ de rén,
Dàn jì jǐ fēnlì, yě biàn shì rénlèi zhōng de rén.
Yīnwèi jí wǒ, suǒyǐ gèng yīnggāi jǐn jiàoyù de yìwù, jiāo gěi tāmen zìlì de nénglì,
Yīn wéi fēi wǒ, suǒyǐ yě yīng tóngshí jiěfàng, quánbù wèi tāmen zìjǐ suǒyǒu, chéng yīgè dúlì de rén
 これの日本語訳はこうだ。
 「わが子とは、私にして私ではない人間であり、
  しかし、すでに分かれて存在する以上、人類のなかの一人でもある。
  私であるからには、教育的義務を尽くして、
  彼らに自立する能力を与えねばならない。
  私でないからには、同時に開放して、すべてを彼ら自身にまかせ、
  一人の独立した人間にしてやらねばならない、と。」
 
 ここで、魯迅はわが子は私であって、私でない人間だと言っている。つまり、分かれて存在する以上、人類の中の一人であるとともに、私であるからには、教育的義務を尽くして、彼らに自立する能力を与えねばならない、と。しかし、私でないからには、同時に解放して、すべてを彼ら自身にまかせ、一人の独立した人間にしてやらねばならない、とも言っているのだ。
 今日の語句・語彙はこうだ。
  わが子;子女 zinv
  分かれて存在;分立 fengli
  人類;人 renlei生物学上はサル目(霊長類)ヒト科の動物。または、その中で特に現在のヒト(ホモ‐サピエンス)を指す。直立歩行し、脳の発達が著しく、手を巧みに使い、道具を作って使用し得る)
  であるからには;因 yinwei
  当然;应该 yinggai道理上からそうあるべきこと。あたりまえ)
  教育;教育 jiaoyu
  義務;义务 yiwu法律主体たる人に課せられる法的な拘束)
  自立;自立 zili
  能力;能力 nengli
  じように yingtongshi
  解放;解放 jiefang(解き放つこと。束縛を解いて自由にすること)
  全部;全部 quanbu
  自己;自己 ziji
  所有;所有 suoyou持っていること。また、そのもの)
  独立;独立 duli単独で存在すること。他に束縛または支配されないこと。ひとりだち)