北朝鮮の実態

イメージ 1  今回の中国の旅でいかに中国と北朝鮮が近い国であるかがわかった。鴨緑江という河は長白山に源を発して、南西に流れて黄海に注ぐ、朝鮮第1の長流である。川が国境であり、河の対岸は北朝鮮なのだ。
 4世紀に高句麗の丸都城があった集安市の東端を流れる鴨緑江の河端はせいぜい2百mの幅で、望遠鏡で対岸の様子が手に取るようにわかる。私も教え子に促されて、1回1元の望遠鏡をのぞいてみた。対岸の河岸は旧日本軍がつくった船着き場だということだが、小舟一艘つながれていなかった。洗濯する男女の姿と水浴びする子どもたち。 一方、こちら側には大小さまざまな観覧用のモーターボートが何隻も船着き場に係留され、ひとり有料20元で対岸すれすれまで回り、北朝鮮人民の生活ぶりを15分ほど観察することができる。北朝鮮の子どもにも、大人たちにも笑顔はなかった。食料、エネルギーが明らかに不足しているように感じた。夜になっても電気がつかないのではないか、とさえ思った。近くにはソ連が建てたといわれる銅の精錬工場があるのだが、そこにつながる道路を通行するのは、すべて自転車か徒歩であった。若い女性たちが決して川のモーターボートの方へ目を向けることなく、静かに伏し目がちに自転車をこぐ姿が印象的だった。この間、ついに自動車をみることはみなかった。
 写真は、北朝鮮側の二人の男とひとりの女が黙々と洗濯をしている姿を撮ったもの。望遠鏡とモーターボートで対岸の人たちの様子を観察したが、幸せそうな表情は誰からもうかがうことはできなかった。中国は38度線以北を中国の領土と考えており、現在の北朝鮮を属国とみなして、領土を北朝鮮に貸与していると考えているということだった。だから、朝鮮半島が統一(北が崩壊して、韓国に吸収される)されることには絶対反対なのだ。だからこそ、中国政府は北朝鮮金正日総書記が鴨緑江を越えて長春に列車で来て物乞いをするのを容認しているのだ。
 集安市内に入る峠に公安と人民解放軍脱北者を取り締まる検問所がある。2百メートルの川幅なので、いくらでも中国側に逃げることができるのだが、中国側は全員、北に戻すのだ。そのあとで、北朝鮮でどういう扱いを受けているのかはわからない。一方、南への亡命者は、成功すれば亡命が認められるが、銃殺を覚悟で脱北しなければならないのは言うまでもない。