ニューヨークで考えたこと

イメージ 1  アメリカのニューヨークに行ってから早いものでもう一カ月が経とうとしています。メトロポリタン美術館や近代美術館に行ってみて、いかに天才が多いかということが絵画や彫刻を観て感じました。実際に、本物を額が接することができる近さで見れるというのは素晴らしいことでした。
 アメリカの凄さは、いろんな人種の人が、それぞれ自分たちの手で、自分たちの国を作ろうとしている点だと思いました。そこに新しさと想像力を感じました。もちろん弱肉強食の競争の原理が働いているという現実もあります。自然界、生物保存の優生の原理の一つなのかもしれませんが、田舎者の私にはただただ驚き以外の何物でもありません。
 二月に北京に行って、行くたびに日々発展している都市の息吹に驚きましたが、ニューヨークのチャイナタウンでもその逞しい生命力に驚かされました。まさに、数は力です。いずれ、中国と中国人が世界を凌駕するのではないか、と本当に心配になりました。
 私は、今回、「エレファント・イアーを飲もう」で島国日本の東北の辺境の町で、古くからの友人たちにとりかこまれて生活する自分と等身大の男のことを書きました。しかも、それの半分くらいはニューヨーク滞在中に執筆したものでした。
 この地球上には、日本人の十倍もの中国人がいて、耳慣れない発音の中国語を話し、また一方では、白人、黄色人種、黒人それにその混血のあらゆる人種の人間が、差別や区別や、選別を残しながら混在している社会もあるのだ、という世界の現実とは全く関係のない、閉鎖的で隔絶された社会で生まれ、そして死んでいく多くの人たち、その落差を感じながら、それでも書かずにはいられなかったのでした。家族とは何か、故郷とは何か、地域のきずなとは何なのか、何も知らないまま死んでいっていいのか、について考えながら書いた小説です。
 大震災で亡くなった若い人たちの中に、これから放射能の影響で命を落とすであろう福島原発事故で被曝した、あるいは親から遺伝されたこれから影響が出てくる子どもたちのなかに、何人、何百人の、日本を救う、世界を救う天才がいたかもしれないと思うと、今の日本の政治に絶望感を抱かざるを得ません。
 魯迅が言うように、私たちがいま歩んでいる路にあすの日本の希望につながる路を見出すことが果たしてできるのでしょうか。