北狄359号の感想 2

高畑幸『森林の消えたイースター島』;
 作者、幸さんとおぼしき主人公は、チリ沖南太平洋の絶海の孤島、イースター島に来て四日目の朝、自分のいびきで目覚めるところからこの物語は始まる。
 ベッドから起き上がると、そこに精霊モアイ・カバカバがいた。そこからカバカバと幸さんの会話が続く。好奇心からの疑問。モアイ像、ラノ・ララク、アフ・トンガリク、バナバウ、ブカオ、オロンゴの鳥人伝説。幸さんは、カバカバに問われ、ホアホアと名乗る。
 イースター島のモアイ像がつくられた背景とその歴史について簡単に語られる。
 そのあとモアイ像に関する、幸さんとカバカバの問答は続く。とくにイースター島に祖先の住民がどうやってやってきたのか、の疑問にカバカバが答える。ポリネシア人が祖先で、ルーツは東南アジアだと。
 そして、ついに鳥人儀式の話が始まる。島の支配権は長耳族にあり最初にモアイ像をつくった。それが短耳族にとってかわり、超自然の力をもつ(マナ)者を鳥人タンガタ・マヌ)とし、その鳥人を選ぶレースが鳥人儀礼・儀式となったという。レースは、オロンゴ岬の眼下のモツ・ヌイ島にやってくるマヌ・タラ(グンカンドリ)の卵を一番先に王に持ち帰る者が勝者となる。
 次にカバカバはホアホアに食人儀式のことを話す。モアイ像つくりと運搬のため、森林の大量伐採で森が破壊され、人口増大と食糧不足により、部族間の争いが起こった。これがモアイ像倒しとなった。こうして極端な食料不足の結果、戦いに勝った部族が負けた部族の人肉を食べるという悲劇が生まれ、食人という行為の正当化のために「相手の霊力(マナ)を自分の体内に取り込む」ための食人儀礼としたのだという。
 イースター島に森林が再生しなかった理由は、ヨーロッパ人が船から持ち込んだネズミだったという。天敵のいない島で、大繁殖したネズミが木の種子や実を食いつくすからだ、というカバカバの説明は当たり前すぎて、もうひと工夫がほしい気がした。
 石沢武『もう一つの願い事』;
 私小説作家石沢武の妻への鎮魂の作である。乳癌にかかった妻は、手術後、抗癌剤の副作用で、肝臓、糖尿病にかかる。そして、日に三度、食前に血糖値を測り、インシュリンを注射した。娘の案内で、休みの日に家族で出かけるのを楽しみにしていた。十月のある夜、30分ほどのあいだに、妻は押し入れの戸に背を持たれてひとりで死んでいた。妻の死から五年経ち、作者はあらためて自分の人生を振り返る。見合い結婚から現在までを、妻に対する温かい視線で半生を振り返っている。懺悔の記録のようにも読める。いままでになく、しっとりとした調子で、娘の母を想う気持が作者の妻への思いとともに切なく伝わってくる。いい小説だ。