今日の論語一日一章は、第5篇「公冶長第五」の第2章「君子哉若人。魯無君子者、斯焉取斯。」(君子なる哉若き人。魯に君子無くば、斯れ焉んぞ斯を取らん。)です。
これの漢文原文は、こうです。
「子謂子賤。君子哉若人。魯無君子者、斯焉取斯。」
また、これの読み下し文はこうなります。
「子、子賤を謂ふ。君子なる哉、若(かくのごと)き人。魯に君子無くば、斯れ焉んぞ斯を取らん。」
さらに、中国語簡体表記はこうです。
「子谓子贱。君子哉若人。鲁无君子者,斯焉取斯。」
ここで、この章の日本語訳はこうなります。
「孔子が宓子賤を評していわれるのには、『まことに立派な聖徳の君子である。このような人は。しかし、魯国に君子がなかったならば、この人はどうして賢を尊び、友を取ってこのような君子の徳を成就することができよう。』と。」
ここで、この章の語彙・語句の注釈はこうなります。
君子;徳の成就した人のことをいいます。
若(かくのごと)き人;はっきりとそれだと指さぬ言い方です。
斯れ;上の「斯」は宓子賤をさし、下の「斯」は君子の徳を指しています。
この章は、弟子の賢を称美してそのここに至った原因をのべたものです。子賤は孔子の弟子で、姓を宓(ふく)、名を不斉という。子賤は字です。
子賤が君子の徳を成したのを観れば、賢を尊び友を取ることは学者の急務だと孔子は言っているのです。孔子が己に及ばぬ者を友とすることを戒めたり、大夫の賢者に事(つか)え士の仁者を友とすることを告げたのはこのためであろうと思われます。