今日の論語一日一章「賜也何如。女器也。何器也。瑚璉也。」

 今日の論語一日一章は、第5篇「公冶長第五」の第3章「賜也何如。女器也。何器也。瑚璉也。」(賜は何如。女は器なり。何の器ぞや。瑚璉なり。)です。
 この章の漢文原文はこうです。
 「子貢問曰、賜也何如。子曰、女器也。曰。何器也。曰、瑚璉也。」
 これの読み下し文はこうです。
 「子貢問うて曰く、「賜は何如。」子曰く、「女は器なり。」曰く、「何の器ぞや。」曰く、「瑚璉なり。」と。」
 さらに、中国語簡体表記はこうです。
 「子贡问曰,赐也何如。子曰,女器也。曰。何器也。曰,瑚琏也。」
 ここで、この章の日本語訳はこうなります。
 「子貢が問うて曰うには、『賜はいかなる人物でございますか。』孔子はこたえた。『汝の材は用に適するものであるから、器物である。』と。子貢がたずねた。『しからば、いかなる器物でございますか。』と。孔子はこたえた。『瑚璉だ。』と。」
 今日の語彙・語句の注釈はこうです。
 賜;子貢の名です。
 瑚璉;夏の時代には、瑚といい、殷の時代には璉といい、周においては簠簋(ほき)といいます。宗廟の祭に黍(もちきび)稷(うるちきび)を盛る器物のことで、玉で飾ってあるものです。器物の中では貴重で華美なものとされています。
 この章は、孔子が弟子の材の美しいことをほめたものです。
 朱子は「子貢は孔子が子賤は君子だと評したので、己のことを質問したから、孔子がこのように告げたのである。しからば、子貢はまだ『君子は器ならず』というところに到達してはいないけれども、器の中の貴いものであろうか」と言っています。