今日は2月25日水曜日です。

 今日は、2月25日、水曜日ですが、北狄370号の締切日です。すでに、「クイーンズから来た岬」を完成しています。もう一度、見直しして夕方までに編集長へ送るつもりです。あと、原子力資料情報室の反原発新聞の原稿も書かなくてはなりません。27日が締切です。

 さて、今日の子規歳時は、

 鶯の籠をかけたり上根岸 (1897年、明治30年2月25日)

 子規は上根岸に間借りしていた時代、研究のために部屋いっぱいに原稿や書物を読み散らかしていたのを、大家の主婦が勝手に片づけるので困ったようで、こうして取り散らかしているのがカワウソが魚を祭る様に似ているとして「獺祭書屋」の号が生まれたということです。

 今日の論語は、雍也第六の4節です。

 6-4 子華使於齐,冉子为其母请粟,子曰,与之釜,请益,曰与之庾,冉子与之粟五秉,子曰,赤之適齐也,乘肥马,衣轻裘,吾闻之也,君子周急不继富,
(子華、斉に使いす。冉子、其の母の為に粟を請う。子曰わく、これに釜を与えよ。益さんことを請う。曰わく、これに庾を与えよ。冉子、これに粟五秉を与う。子曰わく、赤の斉に適くや、肥馬に乗りて軽裘を衣たり。吾れこれを聞く。君子は急を周うて富めるに継がずと。)


 今日の魯迅箴言は、箴言111から箴言115までです。



111 不在问现在要什么,只问自己能做什么。 (今何が必要なのかを問わなくてもいい、自分に何ができるかを問うことです。

112 人类最好是彼此不隔膜,相关心。然而最平正的道路,却只有用文艺来沟通,可惜走这条道路的人又少得很。(人類はお互いに分け隔てることなく、関心をもちあうのが最もいい。しかし、その最も平坦な道は、文芸をもって通じ合うほかはないが、惜しむらくは、この道を行く人はまた、あまりにも少ないのです。

113 文艺是国民精神所发的火花,同时也是引导国民精神的前途的灯火。 (文芸は国民精神が発する火の光であり、同時にまた、国民精神の前途を響く灯火でもあります。

114 嗜好的读书,该如爱打牌的一样,天天打,夜夜打,连续的去打,有时被公安局捉去了,放出来之后还是打。诸君要知道真打牌的人的目的关不在蠃钱,而在有趣。牌有怎样的有趣呢,……它妙在一张一张的摸起来,永远变化无穷。我想,凡嗜好的读书,能够手不释卷的原因也就是这样,他在每一叶里,都得着深厚的趣味。(好きでやる読書は、麻雀好きが、昼も夜もなく打ちつづけ、警察に捕まろうとも、出て来るなりまた打つのと似ています。皆さん、真の麻雀打ちの目的は金稼ぎにではなく、愉しみにあるのです。麻雀の愉しみとはどんなものでしょうか。…… その妙味は、牌を一つ一つ積ってくることによって、どこまでも変化が尽きないことにあるようです。好きでやる読書が、書物から手を離せなくなる理由も、似たようなものではないでしょうか。読者は、一頁一頁のなかに、味わい深い面白味を汲みとっているのです。

115 有关本业的东西,是无论怎样节衣缩食也应该购买的,试看绿林强盗,怎样不惜钱财以买盒子炮,就可知道。 (本業に関わるものは、たとえ衣食を削ってでも、買う必要がある。これは、山賊がいかに銭金を惜しまずにモーゼル拳銃を買うかをみれば、すぐわかるでしょう。