5月27日、水曜日です。

 今日は5月27日、水曜日です。昨日、9条の会のチラシまきに参加し、そのあと川柳の教室へ参加しました。教室に玉夫さんの顔が見えず、男性は一人でした。オペラ座の怪人が棲むマンホール。今日は選車に終日、乗ることになりました。おそらく最後の応援です。

 さて今日の子規歳時は、
 芍薬の衰へて在り枕もと (1902年、明治35年5月27日)
 鳴雪の書画帖にシャクヤクの絵と句を題し「絵の拙きを笑ふな、句の巧ならざるを咎むるな、気息奄々、病床に縛せられし身の僅に手ばかり動かして、なからん後の記念とす」明治35年5月のことです。

 今日の魯迅箴言は、箴言84です。
 野牛成为家牛,野猪成为猪,狼成为沟,野性是消失了,
 但只使牧人喜欢,于本身并无好处。
  人不过是人,不再夹杂着别的东西,当然再好没有了。
  倘不得已,我以为还不如带些兽性,
  如果合于下列的算式倒是不很有趣的;
  人+家畜性=某一种人
  Yěniú chéngwéi jiā niú, yězhū chéngwéi zhū, láng chéngwéi gōu, yěxìng shì xiāoshīle,
 dàn zhǐ shǐ mùrén xǐhuān, yú běnshēn bìng wú hǎochù.
 Rén bùguò shì rén, bù zài jiázázhe bié de dōngxī, dāngrán zài hǎo méiyǒule.
 Tǎng bùdéyǐ, wǒ yǐwéi hái bùrú dài xiē shòuxìng,
 rúguǒ hé yú xiàliè de suànshì dǎoshì bù hěn yǒuqù de;
 rén +jiāchù xìng =mǒu yī zhǒng rén
「野牛は家畜牛に、猪は豚に、狼は犬になって野性は失われた。だが、それは牧人を喜ばせたにすぎず、動物自身にはなんのいいこともなかったのだ。人は人にすぎず、混ざりけなしでいられるに越したことはない。しかし、それが叶わぬのなら、いくらかの獣性を帯びるほうがまだましだと思う。次のような算式にあてはまるようでは、興醒めである。 人+家畜性=(飼いならされた個性のない)ある種の人間」
 野牛;野牛 yeniu  家畜牛(牛);家牛 jianiu 猪;野猪 yezhu  豚;猪zhu
 狼;狼 lang  犬;狗 gou  野性;野性 yexing  消失;消失 xiaoshi

 今日の論語は、論語7-6(論語巻第四 述而第七篇 6章)です。
 子曰、志於道、據於德、依於仁、游於藝、
 Zǐ yuē, zhì yú dào, jù yú dé, yī yú rén, yóu yú yì,
「子曰わく、道に志し、徳に依り、仁に依り、藝に游ぶ。」(孔子がいわれた。「正しい道をめざし、わが身に修めた徳を根拠とし、諸徳のなかで最も重要な仁によりそって、芸(すなわち教養)のなかに遊ぶのだ。」と。)(子曰,志於道,據於德,依於仁,游於艺)