7月6日、月曜日になりました。

 7月6日です。5日の夜、漱石全集の第3巻の巻頭の「倫敦塔」を開き、1990年6月2日に見学したことを思い出しながら、イギリス王室の悲劇の歴史につよく衝撃を受けて読み終えることができました。そして、次の「カーライル博物館」へ読み進んだところで、しずかに時は流れ、闇夜の中で早くも6日になってしまいました。今日の朝8時には、サッカー女子ワールドカップの決勝戦がキックオフされます。果たして、日本は2連覇なるのでしょうか。相手はアメリカ、とても敵う相手ではないような気もします。されど、勝負は時の運を味方につければ、どうなるかわかりません。決勝戦まで進んだことでも大健闘だと思います。あっぱれです。

 今日の子規歳時は、
 夏川を二つ渡りて永田村 (1896年、明治29年7月6日)
 子規は明治20年(1887年)夏の帰省中、松山南郊二里の永田(いま伊予郡松前町)に武市庫太を訪ね、相携えて上吾川の源範頼の墓を弔うています。庫太は蟠松と号し子規より四歳年長で、後年、代議士として政界で活躍した人です。
 ※みなもと‐の‐のりより【源範頼
 平安末期の武将。義朝の六男。遠江蒲御厨に生れ、蒲の冠者・蒲殿という。兄頼朝の挙兵をたすけ、義経と協力して義仲を討ち、平家を一谷・壇ノ浦に破った。のち頼朝に疑われ、伊豆修禅寺で殺された。(―~1193)

 今日の魯迅箴言は、箴言124です。
 悲剧将人生的有价值的东西毁灭给人看,
 喜剧将那无价值的撕破给人看。
 讥讽又不过是喜剧的变简的一支流。
 但悲壮滑稽,却都是十景病的仇敌,
 因为都有破坏性虽然所破坏的方面各不同。
   Bēijù jiāng rénshēng de yǒu jiàzhí de dōngxī huǐmiè jǐ rén kàn,
 xǐjù jiāng nà wú jiàzhí de sī pò jǐ rén kàn.
 Jīfèng yòu bùguò shì xǐjù de biàn jiǎn de yī zhīliú.
 Dàn bēizhuàng huájī, què dōu shì shí jǐng bìng de chóudí,
 yīnwèi dōu yǒu pòhuài xìng suīrán suǒ pòhuài de fāngmiàn gè bùtóng.
「悲劇は、人生の価値ある物を破壊してみせ、
 喜劇は、その価値なき物を引き裂いてみせる。
 諷刺もまた、手短にした喜劇の一支流にすぎない。
 しかし、悲壮も滑稽も、みな十景病の仇敵である。
 なぜなら、矛先は異なっているが、いずれも破壊性をもっているからだ。」
 悲劇;悲剧 beiju 人生;人生 rensheng 価値;价值 jiazhi 破壊;毁灭 huimie 
  喜劇;喜剧 xiju 引き裂く;撕破 sipo 諷刺;讥讽jifeng 手短な;变简 bianjian 
 支流;支流 zhiliu 悲壮;悲壮 beizhuang 滑稽;滑稽 huaji 
 十景病;十景病 shijingbing 仇敵;仇敌 choudi 破壊性;破坏性 pohuaixing 
 方面;方面 fangmian

 今日の論語は、論語8-9(論語巻第四 泰伯第八篇 9章)です。
 子曰、民可使由之、不可使知之、
 Zǐ yuē, mín kě shǐ yóu zhī, bùkě shǐ zhīzhī,
「子曰わく、民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず。」
孔子がいわれた、「人民は従わせることはできるが、その理由を知らせることはむつかしい。」と。)
(子曰,民可使由之,不可使知之,)