1月6日、長病の今年も参る雑煮かな

 1月6日、水曜日です。今日から、奏海の庵で「映画八甲田山の藤巻健二さんスチール写真展」です。10時半に奏海に到着しましたが、東京から夜行バスでやってきて女性に次ぐ、2番目の観客となりました。会場には今村、相馬、畠山の三人が立ち会っていました。40年前の映画撮影時の懐かしい姿が写真で再現されていました。
 また、今朝の憲法メールで金澤先生の憲法通信が400号を達成されたことを知りました。全国的にも、これほど丹念に憲法に関する新聞記事を紹介しているものはないと思います。傘寿を迎える先生の努力と熱意には頭が下がる思いです。
 ぞう‐に【雑煮】ザフ‥
 餅を野菜・鳥肉・魚肉などとともに仕立てた味噌汁または清汁(スマシジル)。新年の祝賀に食する。雑煮餅。季・新年 正月に雑煮を食べる白い箸のことを雑煮箸ともいいます。
 夏目漱石は、明治41年(1908年)9月号の「ホトトギス」に「正岡子規」という人物評論を載せていますが、その冒頭から、「正岡の食い意地の張った話か。ハハハハ。……」と始めています。子規は鍋焼きうどんを友人と八杯たいらげ、九杯目に挑戦しようとして、饂飩屋が逃げて行った話など、その健啖ぶりのエピソードはたくさんあります。明治28年満州から帰り、35年に亡くなるまで、子規の八年にわたる闘病生活に堪えられたのは、まさに彼の強健な胃腸と歯にあったとさえいわれています。

 今日の魯迅箴言365日は、箴言179です。
 回复故道的事是没有的,一定有迁移;维持现状的事也是没有的,一定有改变。有百利而无一害的事也是没有的,只可权大小。
 Huífù gùdào de shì shì méiyǒu de, yīdìng yǒu qiānyí; wéichí xiànzhuàng de shì yěshì méiyǒu de, yīdìng yǒu gǎibiàn. Yǒu bǎi lì ér wú yī hài de shì yěshì méiyǒu de, zhǐ kě quán dàxiǎo.
 「もとの道に戻ることはありえないし、いっていの移り変わりはあります。すなわち、現状維持はありえないので、いっていの改変はつきものです。百利あって一害もないということはないのであって、大なり小なりそういうことなだけなのだ。」

 今日の論語一日一章は、論語14-34(論語巻第七 憲問第十四篇 34章)です。
 微生畝謂孔子曰、丘何爲是栖栖者興、無乃爲佞乎、孔子對曰、非敢爲佞也、疾固也、
 Wéi shēng mǔ wèi kǒngzǐ yuē, qiū hé wéi shì qī qī zhě xìng, wú nǎi wèi nìng hū, kǒngzǐ duì yuē, fēi gǎn wèi nìng yě, jí gù yě,
 (微生畝谓孔子曰,丘何为是栖栖者兴,无乃为佞乎,孔子对曰,非敢为佞也,疾固也,)
 「微生畝、孔子に謂いて曰わく、丘、何為れぞ是れ栖栖たる者ぞ。乃ち佞を為すこと無からんや。孔子対えて曰わく、敢えて佞を為すに非ざるなり。固を疾むなり。」
 (微生畝が孔子に向かっていった、「丘さん、どうしてそんなにいそがしそうなんだね。口上手をつとめていることにはならないだろうか。」孔子は答えられた、「決して口上手をつとめているのではありません。独善的にかたくななのがいやなだけです。」と。)
 ここで、微生畝は、微生は姓、名は畝。隠者のようである。佞は、口上手のことで、口先うまく人にとりいることをさしています。