2月15日、なにがしの忌日ぞけふは冴え返れ

 隣町の葬儀に参加して、いかに自分の存在が小さなものであるのかよくわかりました。90人あまりの列席者のうち、私が知っていたのは、亡くなったひとの身内のほんのわずかだけでした。火葬も含め、お悔やみから火葬、通夜、葬儀の三日間にわたってほんとうに希薄な空間と時間を過ごしました。
 2月15日は子規の後輩で蕪村句集を発見して子規の研究に資したといわれる村上霽月の忌日です。冴え返るが春の季語であることを初めて知りました。
 さえ‐かえ・る【冴え返る】‥カヘル
 <自五>
①光や音などが非常によく澄む。また、冷えきる。新後拾遺冬「しぐれつる宵の村雲―・りふけ行く風にあられ降るなり」。「冬空に―・る月」
②寒さがぶり返す。<季・春>玉葉集春「―・り山風荒るる常磐木に降りもたまらぬ春のあわ雪」

 今日の魯迅箴言365日は、箴言219です。
 野牛成为家牛,野猪成为猪,狼成为狗,野性是消失了,但只足使牧人喜欢,于本身并无好处。人不过是人,不再夹杂着别的东西,当然再好没有了。倘不得己,我以为还不如带些兽性;…
 Yěniú chéngwéi jiā niú, yězhū chéngwéi zhū, láng chéngwéi gǒu, yěxìng shì xiāoshīle, dàn zhǐ zú shǐ mùrén xǐhuān, yú běnshēn bìng wú hǎochù. Rén bùguò shì rén, bù zài jiázázhe bié de dōngxī, dāngrán zài hǎo méiyǒule. Tǎng bùdé jǐ, wǒ yǐwéi hái bùrú dài xiē shòuxìng;…
「野牛は家畜牛に、猪は豚に、狼は犬になって野生は失われた。だが、それは牧人を喜ばせたにすぎず、動物自身にはなんのいいこともなかった。人は人に過ぎず、混ざり気なしでいられるに越したことはない。」

 今日の論語一日一章は、論語15-28(論語巻第八 衛霊公第十五篇 28章)です。
 子曰、衆惡之必察焉、衆好之必察焉、
 Zǐ yuē, zhòng è zhī bì chá yān, zhòng hǎo zhī bì chá yān,
 (子曰,众恶之必察焉,众好之必察焉,
 「子曰わく、衆これを悪(にく)むも必らず察し、衆これを好むも必らず察す。」
 (孔子がいわれた、「大勢が憎むときも必らず調べてみるし、大勢が好むときも必らず調べてみる。盲従しない。」と。)