6月19日、一群の鮎眼を過ぎぬ水の色

 今日は6月19日、水曜日です。今日は妻の二度目(今度は泌尿器科、前回は内分泌科)の入院日です。入院の準備をして、9時半に家をでました。途中、生協の申し込みもしていきました。9時50分過ぎに着きましたが、駐車場が満杯であくまで時間が経ってしまいました。それでも10時10分には入庫でき、7階の711号室のベッドに大きなビニルバッグを二つ提げて到着しました。この日、主治医の説明を聞き、抗癌剤治療の同意書を書いて、結局、7時までじっと病室に居ました。昼は食堂で30分ほどラーメンとカレーライスを食べただけでした。癌病棟の陸奥湾に面した東棟の端の部屋で廊下側のベッドのため、景色は見えません。
 標題の句は、子規の松山の生家にも庭にもヒョンの木があったようで、その頃の思い出を明治31年に詠んだ句です。
 今日の魯迅箴言は、箴言154です。
 现在的许多论客,
  多说我会发脾气,
  其实我觉得
  自己倒是从来没有因为一点小事情,
  就成友或成仇的人。
  我还不少几十年的老朋友,
  要点就在彼此略小节而取其大。