魯迅箴言日記 2020/11/27 

 今日は11月27日、金曜日です。今日は9時半にむつグランドホテルを出発し、11時に平内で珈琲を飲んで休憩し、12時半まえに川よしでうなぎを食べました。吉村暁子さんは、川よしの大将とは旧知の間柄だったようです。世間は狭いものです。川よしの二階で吉村さんの作品を拝見させてもらい、写真をとり、弘前まで暁子さんを送っていき、川よしの吉村さんの作品の横に置くための作品図録を渡されました。近日中に川よしに届けるつもりです。成田先生を送って、帰宅したのは4時半でした。3日間で560kmの走行でした。着替えをし、風呂に入り、簡単に夕食を済ませ、眠ることにしました。それにしても、吉村さんの作品をたくさんにしってもらうために、代表作「風景(仏ケ浦)」の展示場所をさがして1年数カ月、作品の故郷でもある佐井村におちついたのでした。暁子さんが名残惜しそうなのが印象に残っています。吾子を養子にだしたような気持だったのでしょう。

 

 今日の子規歳時は、「小夜時雨上野を虚子の来つつあらん」(明治29年)です。子規はこの頃、胃痙攣に苦しんでいて、高浜虚子河東碧梧桐に看病してもらったようです。

 

 今日の日本国憲法は、憲法第14条です。

 第14条〔法の下の平等、貴族制度の禁止、栄典〕

(1)すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

(2)華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

(3)栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第175日目「漫罵はむろん多くの善人に冤罪を負わせる」です。

 原文;

 漫骂固然冤屈了许多好人。但含含胡胡的扑灭”谩骂”,却包庇种。

 拼音;

 Mànmà gùrán yuānqūle xǔduō hǎorén. Dàn hán hán hú hú de pūmiè” mànmà”, què bāobì zhǒng

 訳文;

 漫罵はむろん多くの善人に冤罪を負わせる。しかし、うやむやに「漫罵」を撲滅すると、一切の悪い種を庇護することになってしまう。