魯迅「阿Q正伝」日記

 今日は6月23日、日曜日です。朝、6時半に起き、7時から散歩がてら、10分ほど向かいの家のまわりを散歩してきました。天気はうす曇りで、家の中はすこし寒いくらいです。ヤマセの影響でしょうか。女房は6時半過ぎに出勤していきました。ご苦労様です。
 
 さて、今日の魯迅阿Q正伝」は第2章優勝記略 第3段落目です。
 
 阿Qはまた大層己惚れ(自尊心)が強く、未荘の人(村民)などはてんで彼の眼中になかった。(そればかりか)ひどいことには、二人の「文童」に対しても、一笑の価値さえ認めていなかった(歯牙にもかけないといった顔をしていた。)。そもそも「文童」なる者は、将来秀才となる可能性があるものである。趙太爺(だんな)や銭太爺(旦那)が居民(村民)の尊敬を受けて(集めて)いるのは、お金がある事(金持ち)の外に、いずれも(二人とも)文童の父(父親)であるからだ。しかし阿Qの精神には格別の尊念が起らない(阿Qだだひとりは精神的にこれといって崇敬の意を示さない。彼は想った。乃公(わし俺)だって倅(息子)があればもっと偉くなっているぞ!と。(そのうえ)城内に幾度も行った彼は自然に己惚れが強くなっていたが、それでいながらまた城内の人をさげすんで(馬鹿にして)いた。たとえば長さ三尺幅三寸の木の板で作った腰掛は、未荘では、「長登(チャンテン)」といい、彼もまたそう言っているが、城内の人が「条登(デョーテン)」というと、これは間違いだ、おかしなこと(笑わせらぁ)だ、と彼は想っている。鱈の煮浸し(から揚げ)は未荘では五分切の葱の葉をいれるの(添えるの)であるが、城内では葱を糸切り(千切り)にして入れる。これも間違いだ、おかしなことだ(笑わせらぁ)、と彼は思っ(考えて)ている。ところが未荘の人(連中)はまったくの世間見ず(知らず)で笑うべき(大笑いの)田舎者だ、彼等は城内の煮魚(から揚げ)さえ見たことがない(のだから)。
 
 阿Q又很自尊,所有未庄的居民,全不在他眼晴里,甚而至于两位“文童”也有以为不值一笑的神情。夫文童者,将来恐怕要变才者也;赵太爷钱太爷大受居民的尊敬,除有钱之外,就因为都文童的爹爹,而阿Q在精神上独不表格外的崇奉,他想;我的儿子会阔得多啦!加以进了几回城,阿Q既自然更自负,然而他又很鄙薄城里人,譬如用三尺长三寸宽的木板做成的凳子,未庄叫“长凳”,他也叫“长凳”,城里人却叫“条凳”,他想;这是错的,可笑!油煎大头鱼,未庄都加上半寸长的葱叶,城里却加上切细的葱   然而未庄人里却加上  ]