斉の名宰相・晏平仲

論語」公冶長05篇に次の章がある。;
 (05-17)「 子曰。晏平仲。善與人交。久而敬之。」
 これの書き下し文は以下のとおりです。
 「子(し)曰(いわ)く、晏平仲(あんぺいちゅう)はよく人と交わる。久しくしてこれを敬す。」
 ここで、「久而敬之 」は、… 皇侃(おうがん)本等では「久而人敬之」に作る。訓みは「久しくして人これを敬す」となり、他人が晏平仲を敬ったことになる。
 これの金谷訳はこうです。
ー先生がいわれた、「晏平仲は立派に人と交際され、古なじみになっても(変わりなく)相手を尊敬された。」
 ここで、晏平仲は、斉の霊公、荘公、景公の三代に仕えた名宰相。晏は姓、平はおくり名、仲はあざ名。名は嬰。鄭の公孫僑のあざ名である子産(孔子が恭、敬、恵、義の四つの徳を備えている君子と評した)よりやや後輩で、孔子の先輩にあたる。
 さらに、中野幸次の私訳によればこうだ。こっちのほうがわかりやすい。
孔子さまが言った、「晏平仲はどんな人とでもよく付き合ったが、しばらくするとどの人もが彼を尊敬するにいたった」