今日の論語一日一章「擧一隅、不以三隅反、則不復也」

 今日は7月14日(日曜日)です。昨日に続いて今朝もいい天気です。好天に誘われて、5時45分に起き、6時15分から30分間、西滝川の遊歩道を散歩してきました。今朝の円相場は、1ドル99円22銭です。

 さて、今日の論語一日一章は、第7篇「述而第七」の第8章「擧一隅、不以三隅反、則不復也」(一隅を挙ぐるに、三隅を以て反せずんば、則ち復(ふたた)びせず)です。
 この章の原文はこうです。
 「子曰、不憤不啓。不悱不發。擧一隅、不以三隅反、則不復也。」
 これの読み下し文はこうなります。
 「子曰はく、憤せずんば啓せず。悱せずんば発せず、一隅を挙ぐるに、三隅を以て反せずんば、則ち復びせず、と。」
 これの中国語簡体表記はこうです。
 「子曰,不愤不唘。不悱不发。举一隅,不一三隅反,则不复也。
  Zǐ yuē, bù fèn bù qǐ. Bù fěi bù fā. Jǔ yīyú, bù yǐ sānyú fǎn, zé bù fù yě。」
この章の日本語訳はこうなります。
 「孔子が曰はれた。人が教えるには、教えを受ける人に教えを受けるだけの素地が出来たのを見て、教えを施すべきものである。もしある事を研究して、これを知ろうと求めてもまだよく知ることができないで煩悶しているのを見るのでなければ、その意を聞いて知ることのできるようにしてはやらない。もし口に言い表そうとして、言い表すことが出来ないでいるのを見なければ、十分に言い表す事のできるようにしてはやらない。物の道理は類推出来るものである。丁度四隅のある物なら、一隅を挙げてこれを示せば他の三隅を知ることができるようなものである。もし一隅の道理を示しても自ら三隅の道理を考えて語ることができないような者なら、まだ教えを受ける素地がないので、告げても効がないから、再びつげることはしない、と。」
 ここで、この章の語句・語彙の解説はこうです。
 憤す;知ろうとしてまだ知ることができないで煩悶しているのをいいます。
 啓す;ひらくという意味です。説明して意(こころ)を開いてやることです。わかるようにしてやることです。
 悱す;心にはわかっていても、口に(出して)言うことができないでいることです。
 発す;十分に言い表すことのできるように教えてやることです。
 挙ぐ;あげて示すことです。
 反す;自ら考えて一隅の理をもって三隅の理を証明することです。
 復(ふたたび)びせず;再び告げないことです。
 この章は、学者の自ら勉めて教えを受ける素地をつくることを欲したことを述べたものです。
 「憤と悱とは、顔色や言辞(ことば)にあらわれたのである。その誠の至るのを待って後にこれを告げるのである。すでにこれに告げれば、必ずその自得するのを待ってまた告げるのである。」と程子は言っています。