11月6日、金曜日です。

 11月6日、金曜日の朝、7時に起きましたが、頭が冴えて昨夜はよく眠れませんでした。やることがたくさんあり、それをこなしていくのが楽しみでもあり、あっという間に時間がたって、深夜に及び、結局、倒れんばかりにして床に就くのはいいのですが、なかなか寝つけません。
 そんな状態ですが、今週はついに月曜日から金曜日まで、朝に新町の事務所に来ています。日中は、新町の事務所で、机に向かい、夜は家に戻り、書斎にこもるという生活の中で、なんとか小説を書く時間をみつけていきたいと思います。その意味では、今日の夕方、健診のあと、小説家の青柳隼人さんに会えるのがなんとも楽しみです。彼から、いろんな物書きの心得を聞いてみたいと思います。

 今日の子規歳時は、
 冬近く今年は髯を蓄へし (1900年、明治33年11月6日)
 「僕ハモウダメニナッテシマッタ毎日訳モナク号泣シテ居ルヤウナ次第ダ……」子規が、ロンドンにいる漱石なつかしさに、めずらしく手紙を書いたのは、明治34年11月6日のことでした。

 今日の魯迅箴言365日は、箴言118です。
 我们的乏古人想了几千年,
 得到一个制驭别人的巧法;可压服的将也压服,
 否则将他抬高。
 而抬高也就是一种压服的收段,常常微微示意说,
 你应该这样,倘不,我要将你摔下来了。
 Wǒmen de fá de gǔrén xiǎngle jǐ qiān nián,
 dédào yīgè zhì yù biérén de qiǎo fǎ; kě yāfú de jiāng yě yāfú,
 fǒuzé jiāng tā tái gāo.
 Ér tái gāo yě jiùshì yī zhǒng yāfú de shōu duàn, chángcháng wéiwéi shìyì shuō,
 nǐ yīnggāi zhèyàng, tǎng bù, wǒ yào jiāng nǐ shuāi xiàláile.
「私たちの貧しさは古人の数千年を想像して、ついに別人たちのうまい方法を見出すに至る。服従することがまさに服従させることだ、いや高く持ち上げることが、高く持ち上げさせることだと。しかも、高く持ち上げることが、一種の服従の手段であることが、いつもほんの僅かだがその意味に含まれており、もしもあなたがこのようにしなければ、われわれはまさにあなたを放逐してしまうだけなのだから。」

 今日の論語一日一章は、論語13-3(論語巻第七 子路第十三篇 3章)です。
 子路曰、衛君待子而爲政、子将奚先、子曰、必也正名乎、
 子路曰、有是哉、子之迂也、奚其正、子曰、野哉由也、
 君子於其所不知、蓋闕如也、名不正則言不順、
 言不順則事不成、事不成則禮樂不興、
 禮樂不興則刑罰不中、刑罰不中則民無所措手足、
 故君子名之必可行也、君子於其言、無所苟而已矣、
 Zilù yuē, wèi jūn dài zi ér wéizhèng, zi jiāng xī xiān, zǐ yuē, bì yě zhèngmíng hū,
 zilù yuē, yǒu shì zāi, zǐ zhī yū yě, xīqízhèng, zǐ yuē, yě zāi yóu yě,
 jūnzǐ yú qí suǒ bùzhī, gài quērú yě, míng bù zhèngzé yán bùshùn,
 yán bùshùn zé shì bùchéng, shì bùchéng zé lǐ yuè bù xīng,
 lǐ yuè bù xīng zé xíngfá bù zhòng, xíngfá bù zhòng zé mín wú suǒ cuò shǒuzú,
 gù jūnzǐ míng zhī bì kěxíng yě, jūnzǐ yú qí yán, wú suǒ gǒu éryǐ yǐ,
子路曰,违君待子而为政,子将奚先,子曰,必也正名乎,子路曰,有是哉,子之迂也,奚其正,子曰,野哉由也,君子於其所不知,盖阙如也,名不正则言不顺,言不顺则事不成,事不成则礼乐不兴,礼乐不兴则刑罚不中,刑罚不中则无所措手足,故君子名之必可行也,君子於其言,无所苟而已矣,)
子路が曰わく、衛の君、子を待ちて政を為さば、子将に奚(なに)をか先にせん。子曰わく、必ずや名を正さんか。子路が曰わく、是有るかな、子の迂なるや。奚ぞ其れ正さん。子曰わく、野なるかな、由や。君子は其の知らざる所に於いては、蓋闕如たり。名正しからざれば即ち言順わず、言順わざれば即ち事成らず、事成らざれば即ち礼楽興こらず、礼楽興らざれば即ち刑罰中らず、刑罰中らざれば即ち民手足を措く所なし。故に君子はこれに名づくれば必ず行うべきなり。君子、其の言に於いて、苟もする所なきのみ。」
子路が言った、「衛の殿様が孔子先生をお迎えして政治をなさることになれば、先生は何から先になさいますか。」孔子はいわれた、「せめては名を正すことだね。」子路はいった、「これだからね、先生のまわりくどさは。この急場にどうしてそんなものをまた正すのですか」孔子はいわれた、「がさつだね、由は。君子は分からないことではだまっているもので。名が正しくなければことばも順当でなく、ことばが順当でなければ仕事もできあがらず、仕事ができあがらなければ儀礼や音楽も盛んにならず、儀礼や音楽が盛んでなければ刑罰もぴったりゆかず、刑罰がぴったりゆかなければ人民は不安で手足の置き所もなくなる。だから君子は名をつけたらきっとことばとして言えるし、ことばで言ったら、きっとそれを実行できるようにする。君子は自分の言葉については決していいかげんにしないものだよ。」と。)