今日は6月4日、火曜日である。5月24日の夜10時に始まった県病通いは、25日、26日と続き、27日は正式に泌尿器科を受診した。結果は凶と出た。二日、自宅にこもり、30日二度目の受診で悪夢に変わった。そして今日が入院日である。一週間の教育入院だ。11日は三度目の泌尿器科受診で、手術前の癌治療(入院)が開始されることになる。
標題の句は、子規の31歳の時に詠んだ句で、明治28年の神戸病院での大病のことを詠んだ句です。
孩子是要别人教的,
毛病是要别人医的,
即使自己是教员或医生。
但做人处世的法子,
却恐怕要自己斟酌,
许多别人开来的良方,
往往不过是废纸。
子供には他人の教えが必要であり、
病気には他人の治療が必要である。
――たとえ、自分が教師や医者であっても。
しかし、人として世を渡ってゆくには、自分で思案し処置するほかないであろう。
他人が示してくれるあれこれの処方箋は、往々にしてただの紙屑にすぎない。