チェルノブイリ考

 私は2002年6月29日から7月8日までの日程でチェルノブイリ子ども支援ネットの調査団の一員として、チェルノブイリ原発と1986年4月26日の事故で病気、廃村、そして放射能に苦しんでいるベラルーシの人々を調査してきた。事故から16年経っていたが、その事故の災厄はなおも続いていた。4号炉の石棺は崩れかかり、補修作業が始まっていた。死の灰の影響があちこちで放射能測定器を激しく鳴らした。原発労働者が住んでいたプリピアチ市は廃墟であり、付近の沼地はまさに地獄沼の様相であった。チェルノブイリ原発のあるウクライナの隣国となったベラルーシにはたくさんの白血病甲状腺癌の子どもたちがいた。
 いま福島原発の事故のことを考えた時、どうしてもチェルノブイリのことを思い出してしまう。