知者不惑、仁者不憂、勇者不懼

論語」の子罕第09篇には次のような章もあります。;
 (09-28)「 子曰。知者不惑。仁者不憂。勇者不懼。」
 これの読み下し文はこうです。
 「子(し)曰(いわ)く、知者は惑(まど)わず。仁者(じんしゃ)は憂(うれ)えず。勇者は懼(おそ)れず。」
 岩波文庫の「論語」の金谷治訳はこうです。
 「先生がいわれた、『智の人は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず』と。」
 さらに、宇野哲人の「論語新釈」によれば、通釈と解説は、次のようになります。
 (通釈)「治者は事物の道理を明らかにしているから疑惑がない。仁者は常に道理に従っていて私欲が少しもないから常にその処に安んじて憂慮することがない。勇者は気が道義に配して至大至剛であるから恐懼することがない。」
 (語釈)○惑はず=道理に惑わないのである。○憂へず=自得しているのである。○懼れず=心を動かさないのである。
 (解説)「この章は知仁勇の徳を有する者の心の状態を説いたのである。朱子は知仁勇のを学に進む順序と解している。徳を成すには仁を先とするが、学に進むには知を先とする。勇が最後にあるのは、末後まで工夫をして退転しないのは勇だからである。」