今日は12月28日(日曜日)です

 早いもので、12月も今日をいれてあと4日です。
 
 今日は、朝から五徳、温良恭倹譲について考えています。ここで、五徳とは、温(おだやかで、刻薄でないこと)、良(安らかで素直なこと)、恭(心が謹み深くて外貌のおごそかなこと)、儉(節制のあること)、譲(謙遜なこと)の五つの徳が備わっている孔子のような人のことです。もちろん私には残念ながら、温良恭倹譲のどの一つの徳も備わっていません。
 
101 人生最苦痛的是梦醒了无路可以走。
 (人生で最も大きい苦痛は、夢が醒めたとき、行くべき路がないことです。)
102 预言总是诗,而诗人大半是预言家。然而预言不过诗而己,诗却往往比预言还另。
 (予言は例外なしに詩であり、詩人の大半は予言者である。しかし、予言は単に詩にすぎないだけだが、詩はしばしば予言より的中する。)
103 幻想飞得太高,堕在现实上的时候,伤就格外沉重了;力气用得太骤,歇下来的时候,身体就难于动弹了。
 (幻想は高く飛びすぎると、現実に堕ちたとき、傷は思いがけず深くなる。急に力をいれすぎると、力を抜いたとき、身体は動きにくくなる。)
104 一到不再自欺欺人的时候,也就是到了看见希望的萌芽的时候。
 (ひとたび、二度と自分を欺き人をだますことのない時が来れば、すなわちそれは、希望の萌芽を眼にする時が来たのである。)
105 一道浊流,固然不如一杯清水的干净而澄明,但蒸馏了浊流的一部分,却就有许多杯净水在。
 (濁流はむろん、一杯の清水の清潔さや透明さに及ばない。だが、濁流の一部を蒸溜すれば、何杯もの澄んだ水になる。)
106 人生却不在拼凑,而在创造,几千百万的活人在创造。
 (人生は、寄せ集めのなかにではなく、創造のなかに在る。幾千万の生ける人々は創造とともに在るのだ。)
107 必须敢于正视,这才可望敢想,敢说,敢作,敢当。
 (あえて正視してこそ、はじめて果敢に考え、説き、行ない、事に当たれるのだ。)
108 幻灭之来,多不在假中见真,而在真中见假。
 (幻滅するのは、多くの場合、仮(にせ)のなかに真(ほんもの)を見たときではなく、真のなかに仮を見たときである。)
109 忘记是谁说的了,总之是,要极省俭的画出一个人的特色,最好是画他的眼睛。我以为这话是极对的,倘若画了全副的头发,即使细得逼真,也毫无意思。
 (誰が言ったのか忘れてしまったが、つまり、極力筆を省いて一人の人間の特徴を描くには、彼の眼を描けばいい、と。これは、的を射て不在妙である。頭髪のすべてを描いたところで、細かさは真に迫るにしても、まったく意味がない。)
110 「急不择言的病源,并不在没有想的工夫,而在有工夫的时候没有想。
 (「急いては言葉を選ばない」ことの病源は、考える暇がないからではなく、暇があっても考えないことにある。)