1月7日、未明から寒波襲来です

 昨夜は、文ノ楽に投稿する「博士の雪の花」を書いていて、結局、午前2時過ぎまでかかってしまいました。
 冷たい寝具にくるまって眠りに就こうとしましたが、もの凄い寒波で窓を揺るがし、硝子戸が破れるのではないかと心配でまんじりともしませんでした。
 朝起きて、川柳教室の宿題の句の推敲をしているうちに時間がたち、漸くメールで送信したのが10時になってしまいました。愚図愚図しているうちに、どんどん時間が立っていきます。困ったものです。
 
 今日の子規歳時は、
 
 寒けれど富士見る旅は羨まし (1896年、明治29年1月7日)
 
 冬休みを利用して上京していた夏目漱石が、明治29年1月7日に東京を発って松山に帰っています。子規はこの句をはなむけにおくったようですが、彼自身はその後、富士はもとより、故郷の山河を再び見ることができなかったのです。胸にじーんとくるものがあります。
 
  今日の論語は、昨日につづいて孔子の孝行の話です。
 
2-7 子游问孝,子曰,今之孝者,是谓能养,至於犬马,皆能有养,不敬何以别,
子游孝を問う、子曰わく、今の孝は是れ能く養うを謂う。犬馬に至るまで皆な能く養なうこと有り。敬せずんば何を以て別たん。)
2-8 子夏问孝,子曰,色难,有事弟子服其劳,有酒食先生馔,曾是以为孝乎,
(子夏、孝を問う。子曰わく、色難し。事あれば弟子其の労に服し、酒食あれば先生に饌す。曾ち是れ以て孝と為さんや。)
 
 今日の魯迅箴言です。
 
16 回复故道的是没有的,一定有迁移;维持现状的事也没有的,一定有改变。有百利而无一害的是没有的,只可权大小。
  Huífù gùdào de shì méiyǒu de, yīdìng yǒu qiānyí; wéichí xiànzhuàng de shì yě méiyǒu de, yīdìng yǒu gǎibiàn. Yǒu bǎi lì ér wú yī hài de shì méiyǒu de, zhǐ kě quán dàxiǎo.
(もとの河筋に戻ることはなく、必ずや移りゆく。現状が維持されることもなく、必ずや変わりゆく。百利あって一害なしということもなく、ただ利と大の大小が測れるだけだ。)
 
17 动植之间,无脊椎动物之间,都有中间物;或者简直可以说,在进化的链子上,一切都是中间物。
  Dòng zhí zhī jiān, wú jǐchuí dòngwù zhī jiān, dōu yǒu zhòng jiān wù; huòzhě jiǎnzhí kěyǐ shuō, zài jìnhuà de liànzi shàng, yīqiè dōu shì zhōngjiān wù.
(動物と植物の間、あるいは脊椎動物無脊椎動物のあいだには、どちらにもその中間物が存在する。あるいは、つまりこうも言えよう、進化の鎖に連なるものすべてが中間物である、と。)
 
18 不满是向上的车轮,能够载着不自满的人类,向人道前进。多有不自满的人的种族,永远前进,永远有希望。多有只知责人不知反省的人的种族,祸哉祸哉!
  Bùmǎn shì xiàngshàng de jū lún, nénggòu zàizhe bù zìmǎn de rénlèi, xiàng réndào qiánjìn. Duō yǒu bù zìmǎn de rén de zhǒngzú, yǒngyuǎn qiánjìn, yǒngyuǎn yǒu xīwàng. Duō yǒu zhǐ zhī zé rén bùzhī fǎnxǐng de rén de zhǒngzú, huò zāi huò zāi!
(不満は、向上の車輪である。自己に満ち足りぬ人類を載せ、人の道に向かって前進できる。自己に満ち足りぬ人の多い種族は、永遠に前進し続け、永遠に希望がある。ああ、禍ものだ。禍ものだ!)
 
19 有些改革者,是极爱谈改革的,但真的改革到了身边,却使他恐惧。
  Yǒuxiē gǎigé zhě, shì jí ài tán gǎigé de, dàn zhēn de gǎigé dàole shēnbiān, què shǐ tā kǒngjù.
(改革者たちはやたらと改革を語りたがるが、真の改革が身に及ぶと、きっと怖気づくに違いない。)
 
20 无破坏即无新建设,大致是的;但有破坏却未必即有新建设。
  Wú pòhuài jí wú xīn jiànshè, dàzhì shì de; dàn yǒu pòhuài què wèibì jí yǒu xīn jiànshè.
(破壊なくして建設なし、とはおおむねそうだろう。だが、ぶち壊したからといって、必ず新しく建設されるとは限らない。)