魯迅箴言日記 2020/10/27 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 

 今日は10月27日、火曜日です。今日は6時にホテル青森を起き、7時半まで日課をやり、風呂へ入り、髭をそり、7時45分に17階で朝食(和食)を摂り、8時5分にチェックアウトし、まずガソリンを入れ、そのあと家に戻り、名刺を補充し背広に入れ、生協の購入票を風晴邸に置き、急いでホテル青森に戻りました。8時40分に着きました。ホテルでダイキンの上野さん、富岡親子と合流し、8時55分に浪岡ダムに向け出発しました。9時25分に王余魚沢の浪岡ダムの管理事務所に着き、そこで県の東青県民局水利防災課の2人の職員から農業用水の灌がいダムの説明を聞き、小水力発電は水量の関係で無理なことを確認し、県庁へ向かいました。セブンイレブンで一服して、県エネ局の幅口さんのところに、弘大のグループの人が小水力に興味をもっているとのことで、ダイキンの話を聞きたいということで会うことになったものです。約1時間、エネルギー開発課の会議室でダイキンの上野氏の話を聞き、質疑応答をしました。岩木川の流域での小水力の開発の可能性について調査をすることで西目屋村へ行くことで話はそのあとでいうことになりました。五所川原市の長橋溜池に小水力発電所があることを浪岡ダムで知り、そこを西目屋に行く前に見学することにし、五所川原へ向かいました。昼食をエルムのラーメン街道でとることにしました。長橋溜池はすぐに見つかりましたが、水量(0.4㎥/秒)は十分でしたが、落差は不足のようでした。実際に発電機はあるようでしたが、発電しているように見えませんでした。迂回導管に水が流れていないようでした。

 五所川原を後にして、私たちは西目屋村に向いました。途中、役場から電話で、村長との面会を4時からではなく、6時に遅れることになったとのことでした。そんなわけで、4時に到着した我々は、道の駅で休憩し、時間まで村内を見て回ることにし、まず津軽ダムに向いました。巨大なダムは放流していませんでしたが、目屋ダムを湖底にしずめた津軽湖は静かに湖面をさざ波がたっていました。夏の夜、ダムと湖と岩木山を眺めながら、星と月のあかりで、白神の大自然に包まれるのは、さぞかし気持がいいだろうと思いました。ちなみに今日は、旧暦の9月11日、でした。森のしずく温泉、西目屋薪エネルギー会社の土場、役場向かいの村営移住者団地の薪ボイラーのロードヒーティング施設を見て、白神館にチェックインしました。

 午後6時から1時間、会議室で関村長と小水力発電自治体新電力のことなど、親しく懇談しました。

 白神館へあるいて戻り、7時15分から8時半まで、会食しながら1日を振り返りました。

 

 今日の子規歳時は、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」(明治28年)です。子規の代表作のひとつです。

 

 今日の日本国憲法は、憲法第88条です。

 第88条〔皇室財産・皇室費用〕

すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。

 

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第143日目「名士の学者と話をするときは、」です。

 原文;

 与名流学者谈,对于他之所讲,当装作偶有不懂之处。太不懂被看经,太懂了被厌恶。偶有不懂之处,彼此最为合宜。

 拼音;

 Yǔ míngliú xuézhě tán, duìyú tā zhī suǒ jiǎng, dāng zhuāng zuò ǒu yǒu bù dǒng zhī chù. Tài bù dǒng bèi kàn jīng, tài dǒngle bèi yànwù. Ǒu yǒu bù dǒng zhī chù, bǐcǐ zuìwéi héyí.

 訳文;

 有名人や学者と話をするときには、彼らの言うことに、ときどきわからぬところがあるふりをするのがいい。あまりにわからないと馬鹿にされるし、あまりにわかりすぎると嫌がられる。ときたまわからないところがあるのが、双方ともに一番のころ合いだ。