魯迅箴言日記 2023/05/16 葉柳の風は中から起りけり(明治25年、1892年)

 今日は5月16日、火曜日です。今朝は6時過ぎに起き、いつものように日課をやって昼になりました。午後は新報をまくべきか、小説を書くべきか迷っています。

 今日の子規歳時は、「葉柳の風は中から起りけり(明治25年、1892年)」です。

 ここで、柳は春の季語です。葉柳は柳の葉の緑したたるばかりの夏の季語です。夏の風が葉柳の中から吹き起ってくるという句です。

 今日の魯迅箴言は、箴言365-27「だが、造物主の方では、常に凡人のために計(はかりごと)をもうけて」です。

 然而造化又常常为庸人设计额,

    以时间的流驶,

    来洗涤旧迹,

    仅使留下淡红的血色和微漠的悲哀。

    在这淡红的血色和微摸的悲哀中,

    维持着这似人非人的世界。

 だが、造物主のほうでは常に凡人のために計りごとをもうけて、

 時間の流れをもって、

 旧い事跡を洗い流し、

 ただ薄赤い血の色と微かな悲しみだけしか残さない。

 この薄赤い血の色とかすかな悲しみの中に、

 またもや人をしばしの間、生を愉しむ人でなしの人の世を維持していかせるのだ。