魯迅箴言日記 2021/06/08 歌書俳書紛然として昼寝かな(明治29年、1896年)

 今日は6月8日、火曜日です。午前中は青柳事務所で会議、午後はアウガでの川柳教室、そのあと残りの新報を配布し、笹森先生宅にいってきました。笹森先生の北狄原稿「愛犬コロン」は難航しているようでした。

 今日の子規歳時は、「歌書俳書紛然として昼寝かな(明治29年、1896年)」です。

 か‐しょ【歌書】
歌集や歌学・歌論についての書

 はい‐しょ【俳書】
俳諧に関する書物。

 ふん‐ぜん【紛然】
物がいりまじっているさま。ごたごたしているさま。「―たる議論」

 今日の日本国憲法は、憲法第91条です。

 第91条〔内閣の財政状況報告〕

内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年1回、国の財政状況について報告しなければならない。

 ない‐かく【内閣】
(奥向の殿閣の意)
①明・清代の宰相の官署。国政最高の機関。明初、中書省を廃し宰相の職がなくな
ったので、翰林院から才識の士若干名をえらんで大学士とし、機密に参与させて内
閣と称したのに始まる。
②わが国の行政権を担当する最高の機関。首長たる内閣総理大臣およびその他の国
務大臣で組織する合議体。一八八五年(明治一八)太政官制を廃して設置。明治憲法
下では国務各大臣は天皇を輔弼(ホヒツ)するに過ぎなかったが、日本国憲法では行政
権が内閣に属する点で根本的な変革があった。内閣がその職権を行うには閣議によ
る。

 こっ‐かい【国会】コククワイ

日本国憲法上、国権の最高機関で、かつ、国の唯一の立法機関。衆議院参議院との両院で構成し、両院は主権者たる全国民を代表する選挙された議員で組織する。明治憲法下の帝国議会も俗に国会と称したが、その地位・権限は遥かに劣っていた。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第364日目「翻訳不振の原因は」です。

 原文;

 翻译的不行,大半的责任固然该在翻译家,但读书界和出版界,尤其是批评家,也应该分负若干的责任。要救治这颓运,必须有正确的批评,指出坏的,奖励好的,倘没有,则较好的也可以。

 拼音;

 訳文;

 翻訳不振の責任は、もろん大半は翻訳家にあるが、読書界と出版界、特に批評家にも若干の責任を分担すべきである。この頽運を救うには、正確な批評によって悪訳を指摘し、良訳を推賞し、もしなければ、比較的良いものでよいとすることが必要だ。

魯迅箴言日記 2021/06/07 夏痩や枕にいたきものの本(明治28年、1895年)

 今日は6月7日、月曜日です。新報を配布し、駒田さんの葬儀にいってきました。簡素な式で、少し寂しい葬式でした。

 今日の子規歳時は、「夏痩や枕にいたきものの本(明治28年、1895年)」です。

  今日の日本国憲法は、憲法第90条です。

 第90条〔決算審査、会計検査院

(1)国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

(2)会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第363日目「我々のこれまでの批評の仕方は、」です。

 原文;

 我们先前的批评法,是说,这苹果有烂疤了,要不得,一下子抛掉。然而买者金钱有限,岂不是大冤枉,而况此后似乎最好还是添几句,倘不是穿心烂,就说;这苹果有着烂疤了,然而这几处没有烂,还可以吃得 ……

     所以,我又希望刻苦的批评家来做剜烂苹果的工作,这正如”拾荒”一样,是很辛苦的,但也必要,而且大家有益的。

 拼音;

 訳文;

 我々のこれまでの批評の仕方は、こうだった。「このリンゴにはきずがある。役に立たない」と言って、ポンと捨ててしまう。しかし、買う方はいくらも金をもっていないのだから、これでは甚だ迷惑千万である。まして、今後はもっと貧乏になるのだ。だから今後は次のようなことを言い添える方が一番よいように思われる。もしも、芯まで腐っていなかったら、「このリンゴにはきずがある。しかし、このへんは腐っていないから、まだ食える」というのだ。……

 だから、私は根気のよい批評家が腐ったリンゴをえぐる仕事をしてくれることを希望する。それはちょっと「落ち穂拾い」と同様、甚だ辛抱のいることであるが、必要な、しかもみんなに有益なことである。

魯迅箴言日記 2021/06/06 蚊をたたくいそがはしさよ写し物(明治26年、1893年)

 今日は6月6日、日曜日です。今日は10時に生協へ買い物に行き、そのあとは小説の執筆に充てます。

 今日の子規歳時は、「蚊をたたくいそがはしさよ写し物(明治26年1893年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法89条です。

 第89条〔公の財産の支出・利用提供の制限〕

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第362日目「もしも、この世に真の天才がいるとしたら、」です。

 原文;

 假使世界上真有天才,那么,谩骂的批评,于他是有损的,能骂退他的作品,使他不成其为作家。然而所谓谩骂的批评,于庸才是有益的,能保持其为作家,不过据说是吓退了他的作品。

 拼音;

 訳文;

 もしも、この世に真の天才がいるとしたら、悪罵の批評は彼にとって不利であり、その作品をしりぞけさせ、作家となることを阻むだろう。たが、いわゆる悪罵の批評は、凡才にとっては有益で、彼に作家の面目を保たさせる。悪罵のせいで作品ができなかったというわけだ。

魯迅箴言日記 2021/06/05 露あかしいちこ畑の山かづら(明治28年、1895年)

 今日は6月5日、土曜日です。昨日、6月4日、午後3時10分に旧社会党社民党の幹事長を歴任した闘病中の駒田正義さんが亡くなったとの知らせがありました。駒田さんの亡骸は、病院から港町の自宅には戻らず、東青森駅近くの葬儀屋に安置されたとのことで、吉川・工藤さんとともに、お悔やみに9時に伺いました。あの頑丈な駒田さんはやせ細り、それでも安らかな寝顔でした。6畳くらいの和室の端の蒲団で駒田さんは眠っていました。穏やかな表情に、社会主義を実現できなかった無念さは感じられませんでした。法華宗の寺の和尚の読経を耳に、在りし日の駒田さんの姿を想い浮べました。青森にもどってからの付き合いなので、かれこれ45年の長い付き合いでした。喪主の長男につづいて、私たち三人きりも焼香して、すこし寂しいお悔やみとなりました。午後に、おかじょうきの句会がありましたが、ときどき駒田さんのことが頭に浮かび、句会に集中できませんでした。句会のあと、日本画家の小野五郎さんと生ビールを三杯のみ、心の中で酒の好きだった駒田さんへ献杯しました。五郎さんと別れ、ひとりでとり平に寄り、いつものワンコインで焼酎水割り二杯とハツ4本で満足して帰りました。

 今日の子規歳時は、「露あかしいちこ畑の山かづら(明治28年、1895年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法第88条です。

 第88条〔皇室財産・皇室費用〕

すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第361日目「私は文を論ずる場合、いつもそう思っている」です。

 原文;我总以为倘要论文,最好是顾及全篇,并且顾及作者的全人,以及他所处的社会状态,这才较为确凿。要不然,是很容易近乎说梦的。

 拼音;

 訳文;

   私はいつもそう思っているが、文を論ずる場合には、全文を見るのが何よりで、その上に作者の全人格、ないしは彼が生活した社会状態に考えを及ぼさなければ、それの正確は期しがたい。そうしないと、夢の話のようなものになってしまう恐れがある。

 

魯迅箴言日記 2021/06/04 河骨の花起き直るさでのあと(明治31年、1898年)

 今日は6月4日、金曜日です。今日は朝8時に津島自動車に行き、リアバンパーの取り替えに行き、10時半から浅石弁護士事務所で開かれる高レベル廃棄物の最終処分場にしない条例制定を求める会の会議に出て、そのあと原告団の事務局会議、県民エナジーの月例打合せ会に出て、夜に戻って来ます。

 今日の子規歳時は、「河骨の花起き直るさでのあと(明治31年、1898年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法第87条です。

 第87条〔予備費

(1)予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。

(2)すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第360日目「悪意の批評家は、幼い苗の畠の上に馬を走らせる」です。

 原文;

 恶意的批评家在嫩苗的地上驰马,那当然是十分快意的事;然而遭殃的是嫩苗――平常的苗和天才的苗。

 拼音;

 訳文;

 悪意の批評家は、幼い苗の上に馬を走らせているのです。それはもちろん気持の好いことでそう。しかしながら、災難に遭うのは、幼い苗――普通の苗と天才の苗なのであります。

魯迅箴言日記 2021/06/03 五女ありて後の男や初幟(明治32年、1899年)

 今日は6月3日、木曜日です。今日は小水力発電の関係で、佐井村風間浦村へ行きます。9時過ぎに家を出て、12時半に佐井村役場、1時10分に風間浦村役場に着きました。事業可能性の調査補助金申請の用紙を総合戦略課、企画財政課のそれぞれ渡し説明しました。内容を検討してもらうことにしました。小さな川の小さな発電所が、過疎の村の電気を自給自足するシステムです。

 今日の子規歳時は、「五女ありて後の男や初幟(明治32年、1899年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法第86条です。

 第86条〔予算の作成と議決〕

内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第359日目「全ての批評家が文人に対して、」です。

 原文;

 凡批评家对于文人,或文人们的互相评论,各各”指其所短,扬其所长”固可,即”掩其所短,称其所长”,亦无不可。然而那一面一定得有”所长”,这一面一定得有明确的是非,有热烈的好恶。

 拼音;

 訳文;

    すべて批評家が文人に対して、あるいは文人たち同士でもって批評するのに、おのおの「その短とする所を指し、その長とする所を揚げる」のはむろんよろしいが、「その短とする所を掩し、その長とする所を称える」のだって悪くはない。しかしながら、あちら側には、必らず「長とする所」がなければならないし、こちら側には、明確な是非があり、熱烈な好悪がなければならない。

 

魯迅箴言日記 2021/06/02 眠らんとす汝静かに蠅を打て(明治30年、1897年)

 今日は6月2日、水曜日です。そとは曇りです。昨日、北狄395号の初校を執筆者に送り届けました。どうにか、今月中の発行に間に合いそうです。

 今日の子規歳時は、「眠らんとす汝静かに蠅を打て(明治30年、1897年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法第85条です。

 第85条〔国費の支出及び国の債務負担〕

国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第358日目「批評は必らず悪い処は悪いといい、」です。

 原文;

 批评必须坏处说坏,好处说好,才于作者有益。

 拼音;

 訳文;

 批評は必らず悪い処は悪い、よい処はよいといわなければ、作者にとって何の益もない。