11月16日、月曜日、晴れてすがすがしい気分ででかけました

 今日が護憲大会の最終日です。朝、8時50分に家を出て、新町のGEAの事務所へ向かいました。9時5分前に着きましたが、事務所の鍵は閉まったままです。しかたないので、護憲大会の会場へ向かおうとして自転車に乗って新町通り松木屋方面へ向かったら、工藤さんが自転車で走ってきました。
 事務所へ戻り、11時からの提案書を印刷して、それから文化会館へ向かったのでした。9時35分に着き、会場へ入ると、すでに三日目の特別報告が始まろうとしていました。それでも1000名弱の人たちがホールにいました。沖縄、鹿児島、青森、北海道から現地の闘争の特別報告がなされましたが、いま一つすっきりしません。それぞれがバラバラな闘いをしているような気がしてなりません。

 今日の子規歳時は、
 世の中を恨みつくして土の霜 (1895年、明治28年11月16日)
 中野逍遥は宇和島の人で、東大漢文科卒業、詩賦にすぐれ鬼才と称されました。明治27年11月16日27歳で没しました。子規はその遺稿集に「後に題す」を寄せています。

 今日の魯迅箴言365日は、箴言128です。
 大众虽然智识没有读书人的高,但他们对于胡说的人们,却有一个溢法;绣花枕头。这意义,也许只有乡下人能懂的了,因为穷人塞在枕头里面的,不是鸭绒,是稻草。
  Dàzhòng suīrán zhì shí méiyǒu dúshūrén de gāo, dàn tāmen duìyú húshuō de rénmen, què yǒu yīgè yì fǎ; xiùhuā zhěntou. Zhè yìyì, yěxǔ zhǐyǒu xiāngxià rén néng dǒng dele, yīnwèi qióngrén sāi zài zhěntou lǐmiàn de, bùshì yāróng, shì dàocǎo.
「大衆は、読書人ほど高い知識をもたない。しかし、でまかせを言う輩には謚をささげる術をもっている。いわく「刺繍の枕」。この意味は、おそらく田舎者にしかわかるまい。貧乏人が枕に詰めるのは、鴨の羽毛ではなく、稲の藁なのだ。」

 今日の論語一日一章は、論語13-13(論語巻第七 子路第十三篇 13章)です。
 子曰、苟正其身矣、於従政乎何有、不能正其身、如正人何、
 Zǐ yuē, gǒuzhèngqí shēn yǐ, yú cóng zhèng hū hé yǒu,
 bùnéng zhèng qí shēn, rú zhèngrén hé,
(子曰,苟正其身矣,於从政乎何有,不能正其身,如正人何
「子曰わく、苟くも其の身を正しくせば、政に従うに於いてか何か有らん。其の身を正しくするころ能わざれば、人を正しくすることを如何せん。」
孔子がいわれた、「もしわが身を正しくさえするなら、政治をするぐらいは何でもない。わが身を正しくすることもできないのでは、人を正すことなどどうなろう。」