田窪さんから、なぜアメリカがユートラムのほか日本だけに使用済み核燃料の再処理によってプルトニウムを保有することに包括的同意を与えているのか、米政府が増え続けるプルトニウムを生む再処理に懸念を表明しているのに、しかもユートラムの非核保有国のドイツやオランダ、デンマークなどが続々と再処理路線から撤退し、直接処分に切り替えているのに、国際的非難や警戒があるなかで、日本が再処理に固執するのかといった課題について丁寧にしかも論理的に話されました。
いい学習会だと思いました。懇親会でも田窪さんは、それぞれの質問に冷静に穏やかな口調で丁寧に答えていました。
Yòng wánxiào lái yìngfù dírén, zìrán yěshì yī zhǒng hào zhàn fǎ, dàn chùzhe zhī chù, xū shì duìshǒu de zhìmìng shāng, fǒuzé, wánxiào zhōng bùguò shì yī zhǒng dāndān de wánxiào éryǐ.
揶揄いで敵をあしらうのは、ひとつの有効な戦法だが、その突くところは、必ず相手の致命傷でなければならない。さもなければ、揶揄はただの揶揄に終わろう。
逆に、敵の致命傷を突くときには、直截的でなく、なるべくウィットに富んだ揶揄いであしらうくらいの余裕がほしいものです。
表題の句は、明治32年(1899年)11月13日に詠んだものです。実は子規は牛肉が大好きで、明治ころは隔日に牛肉を食べていたようです。病のなかで、漱石が驚嘆するほどの胃袋の持ち主の面目躍如です。