7月27日、蚊遣たく烟の中や垣生今出

 今日は7月27日、土曜日です。今日は八戸の浅石弁護士事務所の原告団の事務局会議に行く予定でしたが、選挙後、古稀になって、しかも小説家を志して初めての土曜日とあって、家にいることにしました。しかし、10時20分に八戸の富岡さんから電話で、時間がとれたので、打ち合わせに来いと電話があり、急遽、八戸に行くことになりました。新町の事務所へ寄って、飼料を取りそろえて、12時20分に富岡さんの事務所に着きました。2時45分まで、3時間余り、ラーメンを食べながらの打ち合わせでした。9月から再生可能エネルギーの普及のため、県民エナジーの調査の仕事を手伝うことになりました。できるだけ負担にならないように、可能なことだけのんびりやるつもりです。
 今日の子規歳時は、明治24年に初めて奉納句の鑑定をしたときのことを詠んだ明治25年の句です。

 今日の魯迅箴言は、箴言191です。
 凡中国人说一句话,
  做一件事,
  倘与传来的积习有若干抵触,
  须一个斤斗便告成功,
  才有立足的处所;
  而且被恭维得烙铁一般热。
  否则便免不了标新立异的罪名,
  不许说话;
  或者竟成了大逆不道,
  为天地所不容。
 およそ中国人が何かを言ったり、
 何かをしたりする場合、
 もしそれが従来の古い習わしといくらかちがったところがあると、
 ひとつとんぼ返りをやってうまく成功すれば、
 まずそれで認められる。
 のみならず、焼けた鉄のような熱烈な尊敬も受ける。
 ところが、一度のとんぼ返りで成功しなかったことになると、新しがり屋の異をたてたという異名を受けることになって、
 弁明も許されない場合には、
 遂に大逆無道ということになって、
 天地に容れられないのである。