今日は、5月8日、土曜日です。今日は原告団の事務局会議が10時からありますが、10時半には三内霊園へ行きます。佐藤叔父の納骨です。午後1時半から県立図書館で中国語教室です。本も借りて、4時半にはもどり、家で「冬の花火」を書くつもりです。
今日の子規歳時は、「鮒釣や藻の咲く池を見て過る(明治30年、1897年)」です。
第60条〔衆議院の予算先議と優越〕
(1)予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。
(2)予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて30日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。
今日の魯迅箴言は、箴言365日の333日目「太伟大的变动」です。
原文;
太伟大的的变动,我们会无力表现的,不过这也无须悲观,我们即使不能表现他的全盘,我们可以表现它的一角,巨大的建筑,总是一木一石叠起来的,我们何妨做做这一木一石呢?我时常做些另碎事,就是为此
拼音;
訳文;
変化が大き過ぎると、それをうまく表現することはできなくなりますが、悲観することはありません。その全体を表現することは出来なくても、その片隅は表現することが出来ます。巨大な建物も、いくつかの積み重ねでできています。なぜなら、木と石はそのつみかさねのためにだけ生きているのです。