書斎の窓から見える上弦の月

イメージ 1  書斎の西側の窓から西の空が見える。8月6日の午後8時ころ、上弦の月がすっかり暗くなった路面を照らしきれいだった。
去年の8月の下旬からわずか4カ月だったが、単身赴任した長春では 月がほんとうの友であった。まだ明るいときの月、星も凍る夜の満月、雨に濡れた上弦の月、雪を包む下弦の月を相手に研究室から宿舎へ帰ったものだ。
 今日は一日中、雨振りだった。日中は庭に面した洋間のピアノの隣のデスクのパソコンに向かい、時折、雨足をたしかめるように庭によりそい、八甲田ツツジの下に隠れている可憐な青い花弁のガクアジサイとすっくと枝が天に伸びたバラの木のてっぺんに咲いたピンクの花びらをほんとうに美しいと思って見とれていた。
 夕方から二階の書斎に上がったが、雨は止むことなく降り続け、とうとう月は見えずじまいだった。
 そして、北京の博物館で買ってきた魯迅の「故郷」をひらいて読んでみだ。わたしの寝室の襖には、天ぷら屋のおやじに「ふるさと」と仮名で書いてもらった書をいまだ貼ってある。
 魯迅の「故郷」の一節を紹介しよう。
 「私は厳寒のなかを、二千里離れた故郷へ、二十余年ぶりに帰った。
 季節は真冬だった。そのうえ、故郷に近づくにつれて、空も薄暗くなってきて、冷たい風が船のなかへ吹きこみ、ヒューヒューと鳴った。苫のすき間から外をうかがうと、鈍い色の空の下に、人気のない、わびしい村々があちこちに横たわっていて、いささかの活気も感じられない。私は寂しさがこみあげてくるのをどうしようもなかった。
 ああ、これが二十年来、片時も忘れたことのなかった故郷であろうか。
 私が覚えている故郷は、こんなものではない。私の故郷はもっとずっとよかった。その美しさを思い浮かべ、そのよさを語ろうとすると、しかし、その影はかき消え、言葉は失われてしまう。こんなものだったような気もする。そこで私はこう自分に言い聞かせた。もともと故郷はこんなものだったのだ―進歩もないかわりに、私が感じたように寂しいものでもない。私自身の心境が変わっただけだ。今度の帰郷は決して楽しいものではないのだから。
 私はこんどは故郷に別れを告げに来たのである」
 写真は魯迅の書斎である(北京市にある魯迅博物館)。