福島原発事故のことを小説に

 大学の同期会で福島県土湯温泉に行った。
 金曜日の午後、新幹線はやてに新青森駅から乗車し、仙台でやまびこに乗り換え、午後4時きっかりに福島駅に降りた。5時に宿のバスが迎えに来るため、約40分福島駅前を散策してみた。
 華やかさのない駅前は静かで、まだまだ3・11の震災の影響は大きいようだった。駅前の大通りの両側の商店街に復興、頑張れの幟があちこちに立っていた。幟とは裏腹に、この町はどんなにもがけども、明らかに下り坂をゆっくり降りているように感じた。青森の新町通りと同じだ。
 送迎バスを待つ間、西口の花壇の植え込みの縁に腰かけて考えてみた。福島市のことはよくわからないが、青森市をみれば、合併前の旧市内の人口が減っているのに、無料駐車場が完備した商業地域が浜田地区にも新たに進出し、しかも新幹線開業で新青森駅周辺の整備が進む中、人口が分散し、現駅と新町商店街に賑わいをとりもどすのは不可能なのだ。そんな状況のなかで新しい建物と新しい投資は無意味だと思う。現駅の改築や新しいビルの建築など全く必要がない。
 どうして現在あるものと、古くなったものを活用しないのだとつくづく思う。空き店舗、空きビルを無料か、極端に安く貸して、青森にいる人たちでなにかをやる、何かをつくるという発想はないのだろうか。そんなことを考えているうちに、マイクロバスがきた。
 バスには13人が乗った。幹事の母校教授は当日の参加者名簿と引き換えに会費の徴収をしている。大教授はいつも、同期会の雑用を一手に引き受けている。えらい男だ。学科で二人、同じく博士課程にすすんだが、彼が教授になったのは当然だった。
 自家用車で土湯温泉まできた中には、NTTの研究所を10年でやめ、歯学部に入り直して歯科医となり、いまでは1万人の患者を擁する歯科医院の院長がいる。震災の影響で11件中、4件しか営業していない温泉宿の一つが今回の山水館だが、宿の女将も彼の患者と言うことで、宴会場へ挨拶にきた女将の着物よりどうしても口元に目がいってしまった。その歯科医からのプレゼントは全員に、2本の歯ブラシと診察券だった。
 帰ってきてすぐに歯ブラシを交換したが、何と気のせいか、実に歯磨きした後の感触がいい。歯槽膿漏にならないという説明が本当のようだ。これでは診察券のお世話にならなくてもいいと思ったくらいだ。歯ブラシの影響は大きい。
 同じ学科で修士卒業後、製鉄会社の研究所で学位をとり、大学に戻って助教授までした同期生と部屋での3次会で隣り合わせた。
 彼は福島県二本松市出身である。昔から、おとなしく、優しいだけでなく、信念をしっかりもった男だった。なぜ、教授にならずに、会社に戻ったのか、聞いたが答えは要領を得なかった。
 その元助教授が言った。「まだ、小説を書いているのか」と訊かれ、頷くと「福島原発事故のことを小説に書いて残してくれ」と。彼の故郷を壊滅状態にしている東京電力の隠蔽体質と政府の無策ぶりを穏やかな調子で語った。科学者としての無力感にうたれ、絶望しているとまで呟いた。彼の怒りとうっすらと浮かべた涙をみて、思わずコップを落としそうになった。
 何ができるかわからないが、書かねばならないと思って青森にもどった。