北京大学と精華大学

 昨日は国家歴史博物館と魯迅博物館だったが、今日は北京大学と精華大学を見学した。両大学とも、見学入場するときには身分証明証かパスポートの提示を求められた。それでも、形式的なもので、パスポートを提示すると中を見るでもなく、入場を許可された。
 北京大学は中国の最高学府だけあって、広い敷地に湖があり、塔などもあり、さながらキャンパス自体が広大な公園となっていた。建物は古いものが多く、学問の近代化と効率性からいって、果たして世界の時流に適合しているのか、すこし疑問になった。北京大学歴史博物館に入って、展示物をみてきた。池田大作をはじま数人が名誉教授となっており、井上靖名誉博士号と受けていたのは驚いた。
 加藤嘉一さんが留学生時代に奇遇していた勺園をみつけ、そこで食事をした。勺園の食堂に韓国食堂があったことからも、留学生の中で韓国人が多いのを物語っていた。地下鉄4号線の駅のある東門から入り、氷の張った未名湖とせれを背にそびえるタワーに驚いた。あちこちに東屋と木製ベンチが据えられている。東南門が正門のようだ。22日あたりから後期が始まったようで、東方文化学院の一階講義室を覗くと、研修会が開かれていた。
 そのあと、バスで精華大学に行った。二つ目のバス停が西口であった。
 河沿いのキャンパス内道路の右側は宿舎であり、300辰發いとそこに正門があった。そこから入ると大礼堂があり、その手間は広い芝生となっていた。北京大学より広いと感ずる広大な敷地に、各学部の建物が建てられ、ゆったりした雰囲気で学問できると感じた。
 北京大学も精華大学も質素な学生ばかりであり、皆、古い自転車に乗って構内を移動していた。大きな声をたてるものは一人としていなかった。
 両大学に日本の東大をはじめとする有名大学が劣っていないことは十分に感じた。
 そのあとは、西単に行った。西単は東京で言うところの原宿、青山、六本木のような所だった。食事もそこにした。しゃぶしゃぶと白酎にした。ユン君を頼って就職探しに来ていたリカク君も交えて、5人で417元だった。25延吉出身のリカク君もユン君と同じ朝鮮族少数民族だった。
 そんなこんなで、8時25分にホテルに戻った。
 明日一日で、今回の北京旅行は終わる。早いものだ。