10月12日、今日は東京どまりです

 10月12日、東京に来ています。上野動物園にカバを観に行き、四谷のプラザエフで開催される原子力資料情報室40周年へ出席しました。
 哲学者の花崎皋平さんの講演を聴いて、少しく感銘を受けたのでした。ドイツは1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、2011年の福島第一原発事故を受けて、原子力によるエネルギー供給の道を廃棄することに決めたのですが、その決定に関与したカソリック教司祭であるマルクスの論理を紹介してくれました。原発を稼働させて、破滅の道を歩むのか、目先の経済原則からすれば逆行しても、多少成長が鈍化し、生活基盤が緩いでも、市民の生活を足許から見直し、再生可能なエネルギーの消費だけで人類と自然の共生を目指そうという新しいプログラムの選択を決めたドイツを冷静に分析評価してくれたのでした。
 2011年3月11日、私たちは暖房のない、暗闇の中で一夜を過ごしました。私たちは電気のない、暖房のない生活を覚悟しなければならないことを福島の原発事故が教えてくれました。冬場は、石油電気ストーブではなく、薪ストーブで暮らすことを真剣に考えなくてはなりません。生活の質と量の変革がまさに求められているのです。

 今日の子規歳時は、
 三千の俳句を閲し柿二つ (1897年、明治30年10月12日)
 果物好きの子規は、わけてもカキを好みました。カキを詠んだ句も多いのですが、「くだもの」と題する小品の中にある、奈良の宿で「御所柿を食ひし事」は名文として知られています。

 今日の魯迅箴言365日は、
 至今为止的统治阶级的革命,不过是争夺一把旧椅子。
 去推的时候,好像这椅子很可恨,一夺到手,
 就又觉得是宝贝了,而同时也自觉了自己正和这”旧的”一气。
 Zhìjīn wéizhǐ de tǒngzhì jiējí de gémìng, bùguò shì zhēngduó yī bǎ jiù yǐzi.
 Qù tuī de shíhòu, hǎoxiàng zhè yǐzi hěn kěhèn, yī duó dàoshǒu,
 jiù yòu juédé shì bǎobèile, ér tóngshí yě zìjuéle zìjǐ zhènghé zhè” jiù de” yīqì.
「今までの支配階級の革命というのは、古い椅子の奪い合いのようなもです。革命を推し進めようとするときには、この古い椅子が憎く感ずるものです。一度、その椅子を手に入れてみると、その椅子が宝物のように感じて、同時にその椅子が一気に「古いもの」変わっているのを自覚するのです。」

 今日の論語一日一章は、論語12-3(論語巻第六 顔淵第十二篇 3章)です。
 司馬牛問仁、子曰、仁者其言也訒、曰、其言也訒、
 斯可謂之仁已乎、子曰、爲之雖、言之得無訒乎、
 Sīmǎ niú wèn rén, zǐ yuē, rénzhě qí yán yě rèn, yuē, qí yán yě rèn,
 sī kěwèi zhī rén yǐ hū, zǐ yuē, wèi zhī suī, yán zhī dé wú rèn hū,
(司马牛问仁,子曰,仁者其言也讱,曰,其言也讱,斯可谓之仁已乎,子曰,为之雖,言之得无讱乎,)
「司馬牛、仁を問う。子曰わく、仁者は其の言や訒。曰わく、其の言や訒、斯れこれを仁と謂うべきか。子曰わく、これを為すこと難し、これを言うに訒なること無きを得んや。」
(司馬牛が仁のことをたずねた。孔子はいわれた、「仁の人はそのことばがひかえめだ。」そのことばがひかえめなら、それで仁といって宜しいのでしょうか。」孔子はいわれた、「実践がむつかしいと思えば、ものいうこともひかえないでおれようか。そこが大切なところだ。」と。)