10月30日、今日は街宣の時は晴れていましたが、昼にかけて雨となりました。

 今日は10月30日です。今月もあと2日です。今日は、朝、原子力防災計画とりわけ住民避難計画の不備と実効性の無さについて、県庁前でマイクで訴えました。

 今日の子規歳時は、
 絶壁に夕日うらてるもみち哉 (1892年、明治25年10月30日)
 鳴雪とともに紅葉の日光に遊んだのは明治25年10月の末でした。華厳の滝中尊寺湖などを見ての帰途、日光停車場でみやげの一枝を芸妓嗹に所望されて折り与えたのでした。

 今日の魯迅箴言365日は、箴言111です。
 中国的事,此退一步,而彼不进者极少,大抵反进两步,
 非力批其颊,彼决不止步也。
 我说中国人非中庸者,亦因见此等事太多之故。
 Zhōngguó de shì, cǐ tuì yībù, ér bǐ bù jìn zhě jí shǎo, dàdǐ fǎn jìn liǎng bù,
 fēilì pī qí jiá, bǐ jué bù zhǐbù yě.
 Wǒ shuō zhōngguó rén fēi zhōngyōng zhě, yì yīn jiàn cǐ děng shì tài duō zhī gù.
「中国では、一歩退いて、そのまま前へ進まないのは極めて少ないし、たいがいは逆に二歩進む。非力でほほをぶたれても、決してひるみません。中庸をわきまえない中国人は、昔はそんなに多くはありませんでした。」

 今日の論語一日一章は、論語12-20(論語巻第六 顔淵第十二篇 20章)です。
 子張問、士何如斯可謂之達矣、子曰、何哉、爾所謂達者、子張對曰、在邦必聞、在家必聞、子曰、是聞也、非達也、夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人、在邦必達、在家必達、夫聞者色取仁而行違、居之不疑、在邦必聞、在家必聞、
 Zi zhāng wèn, shì hérú sī kěwèi zhī dá yǐ, zǐ yuē, hé zāi, ěr suǒwèi dázhě, zi zhāng duì yuē, 
zài bāng bìwén, zàijiā bìwén, zǐ yuē, shì wén yě, fēi dáyě, fū dázhě, zhì zhí ér hào yì, 
chá yán ér guān sè, lǜ yǐxià rén, zài bāng bìdá, zàijiā bìdá, fū wén zhě sè qǔ rén ér xíng wéi, 
jū zhī bù yí, zài bāng bìwén, zàijiā bìwén,
(子张问,士何如斯可谓之达矣,子曰,何哉,尔所谓达者,子张对曰,在邦必闻,在家必闻,子曰,是闻也,非达也,夫达者,质直而好义,察言而观色,虑以下人,在邦必达,在家必达,夫闻者色取仁而行违,居之不疑,在邦必闻,在家必闻,)
「子張問う、士何如なれば斯れこれを達と謂うべき。子曰わく、何ぞや、爾の所謂達とは。子張対えて曰わく、邦に在りても必らず聞こえ、家に在りても必らず聞こゆ。子曰わく、是れ聞なり、達に非ざるなり。夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮って以て人に下る。邦に在りても必ず達し、家に在りても必ず達す。夫れ聞なる者は、色に仁を取りて行ないは違い、これに居りて疑わず。邦に在りても必らず聞こゆ。」
(子張がたずねた、「士人はどのようであれば通達といえるのでしょう。」孔子はいわれた、「どういうことだね。お前の通達というのは。」子張が答えていった、「国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいことです。」孔子はいわれた、「それは評判がよいことで、通達ではない。元来、通達というのは、まっ正直で正義を愛し、人のことばをよく考えて顔色を見ぬき、気をつけて人にへりくだって、国にいてもきっと通達し、家にいてもきっと通達することだ。一方、評判がよいという方は、上べは仁らしくしているが実行はともなわず、現在におちついて疑いを持たず、国にいてもきっと評判がよく、家にいてもきっと評判がよいというものだ。」と。)