12月8日、今日は戦争法廃止に向けた集会が昼夜にあります

 12月8日、火曜日です。昨日から減量作戦開始です。現在87キロ、84キロまで当面下げます。昨日戻った長男だけでなく、こっちも付き合ってだいぶ太ったようです。今日は昼休み集会、午後は川柳教室、夜は講演会と忙しい一日になりそうです。
 川柳教室も12月22日が今年最後の句会となります。宿題は「濡」です。22日に参加すれば、今年は皆勤賞です。なんとか月2回、早退と遅刻は何度もありましたが、どうにか当初の目標通り、4年目にして初めて皆勤することができそうです。それにしても、進歩がありません。推敲不足をいつもむさし先生から指摘され、赤面の至りです。川柳は面白くて、人生を深く凝視して、しかもユーモアと品があるところがいいと思います。来年も続けようと思っています。
 教室で、ひらくさんに「地獄炊き」について、質問されました。辰巳芳子さんの「いのちのスープ」で観た、普通に水からたくのではなく、煮立ったお湯にいれてお米を炊く方法で、非常時に役立つものだそうです、とお答えしました。

 (阪神淡路大震災の時の六甲病院の記録)「しかし、一度に10kgもの米を炊くことは技術的にかなり難しい。途方に暮れているとき野口さんが地獄炊きの秘法を思い出してくれた。神港病院時代にこの 方法で数回ご飯を炊いた経験があるということで早速地獄炊きの開始となった。地獄炊きというのは釜の水をまず沸騰させ、その中に研いで水を切っておいた米 を一気に流し入れ炊き上げるという方法である。熱が均等にいき渡るように途中2度ほどかき混ぜ50分ほど炊くとふっくらおいしいご飯が出来上がり、給食課 職員の間からは思わず歓声が上がった。震災第一夜、不安な思いで過ごしている患者さんたちに温かいご飯を出せたことは、給食課一同にとって大きな喜びで あった。すべてがボタンひとつでこと足りる世の中になっても最後に物を言うのは先人の智恵であると痛感させられたことであった。」

 今日の子規歳時は、
 北風に鍋焼饂飩呼びかけたり (1897年、明治30年12月8日)
 ある夜、子規と二人の学友がなべ焼うどんを食べたそうです。各自八杯ずつ食べてまだ足らず、もう一杯注文したところ、うどん屋は驚いて衛生にわるいと訓戒して去って行ったということです。(それにしても、子規という人は大食いだったようです。大食いと自称する私でも、鍋焼き饂飩九杯に挑戦するどころか、八杯だってとうてい無理です。)

 今日の魯迅箴言365日は、箴言150です。
  装假固然不好,处处坦白,也不成,这要看是什么时候。和朋友谈心,不必留心,但和敌人对面,却必须刻刻防备。我们和朋友在一起,可以脱掉衣服,但上阵要穿甲。
 Zhuāngjiǎ gùrán bù hǎo, chùchù tǎnbái, yě bùchéng, zhè yào kàn shì shénme shíhòu. Hé péngyǒu tánxīn, bùbì liúxīn, dàn hé dírén duìmiàn, què bìxū kè kè fángbèi. Wǒmen hé péngyǒu zài yīqǐ, kěyǐ tuō diào yīfú, dàn shàngzhèn yào chuān jiǎ.
 「もちろんのこと、真実を隠すのはよくなくて、どんなときでもどんな場面でも、正直でなければなりません。友はこころを分かち合い、腹心を持つ必要はありません。しかし、敵人と対面するときには、一時も防備を怠ってはなりません。われわれは友と一緒にいるときは、ともに服を脱ぎますが、出陣するときは互いに鎧をまとわねばなりません。」

 今日の論語一日一章は、論語14-5(論語巻第七 憲問第十四篇 5章)です。
 子曰、有徳者必有言、有言者不必有徳、仁者必有勇、勇者不必有仁、
 Zǐ yuē, yǒudé zhě bì yǒu yán, yǒu yán zhě bùbì yǒu dé, rénzhě bì yǒu yǒng, yǒngzhě bùbì yǒu rén,
 (子曰,有德者必有言,有言者不必有德,仁者必有勇,用着不必有仁,)
 「子曰わく、徳ある者は必ず言あり。言ある者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり。勇者は必ずしも仁あらず。」
 (孔子がいわれた、「徳のある人にはきっとよいことばがあるが、よいことばのある人に徳があるとは限らない。仁の人にはきっと勇気があるが、勇敢な人に仁があるとは限らない」と。)