1月5日、鶯の宿に投げ込む名札かな

 今日は、1月5日木曜日です。朝、眠る前に日課をやってしまいます。魯迅箴言論語も漢文で読むのにもだいぶ慣れました。すこしずつですが、毎日やっていて自信もついてきました。川柳もなかなかいい句はつくれませんが、自分でも少し納得のいくものがつくれるようになりました。これも、陽雪さんや州花さんのおかげです。なにごともあきらめずにまじめにやればいいことがあるものです。
 表題の句は、明治15年の正月に子規が中学生のとき教師の家を回って、半紙で自分の名刺をつくって、それを門柱に貼ってあるいたときのことを思い出して詠んだ句です。

 今日の魯迅箴言130は、箴言66です。
 我们从古以来,就有埋头苦干的人,有拼命硬干的人,有为民请命的人,有舍身求法的人,……虽是等干为帝王将相作家谱的所谓「正史」,也往往掩不住他们的光耀,这就是中国的脊梁。
 Wǒmen cóng gǔ yǐlái, jiù yǒu máitóu kǔ gàn de rén, yǒu pīnmìng yìng gàn de rén, yǒu wéi mín qǐngmìng de rén, yǒu shěshēn qiúfǎ de rén,……suī shì děng gàn wèi dìwáng jiàng xiàng zuòjiā pǔ de suǒwèi `zhèngshǐ', yě wǎngwǎng yǎn bù zhù tāmen de guāngyào, zhè jiùshì zhōngguó de jǐliang.
 我々には古くから、脇目もふらずに励む人、懸命にやり通す人、民のために助けを請う人、捨て身で真理を求める人がいた。…帝王や将軍・宰相の家譜にも等しい、いわゆる「正史」といえども、往々にして彼らの輝きを覆い隠すことはできなかった。これこそ、中国の脊梁であるのだ。
 ここで、魯迅は中国人の美質として、脇目もふらずに励む、懸命にやり通す、民のために助けを請う、捨て身で真理を求める、ことを挙げ、それこそ中国人の背骨をなしていると評しているのです。あたっていると思います。