3月1日、宇治川やほつりほつりと春の雨

 今日は3月1日です。朝4時に起き、5時前に青柳事務所へ行き、OBGニュースを作成しました。9時までに出かして、斎藤さんを連れてリピートの山中君のところへ挨拶に行く予定でした。生協から戻った斎藤さんが病院へ行くというので、時間を10時半過ぎに変更することになったので、9時40分に美濃さんを迎えに行くことに変更しました。ニュースの印刷と送付作業を張山さんと泉さんに任せて、斎藤さんと10時半に事務所をでました。リピートのあと、あと2社事務所回りをして、11時40分に事務所へ戻りました。その後、美濃さん、張山さんと一緒に入〆へ行き、ラーメン大盛りを食べ、二人を家に送って帰ったのは、1時20分でした。1時半から大間地主の会です。幹事会は3時に終わりました。それから6時まで、GEAの仕事を雑用の合間に断続的にやりました。6時から選対会議です。5時半過ぎに逢坂さんから電話が入り、四人会だということでした。選対会議が終わり駆けつけたときには、8時になっていました。

 今日の子規歳時は、「宇治川やほつりほつりと春の雨」です。
 僕の今日の川柳は、「新幹線宇治川あたり春の雨」です。

 今日の魯迅箴言は、箴言No60「华盖集/这个与那个」です。
  我也曾有如现在的青年一样,
  向已死和未死的导师们问过应走的路。
  他们都说;
  不可向东,或西,或南,或北。
  我终于发见他们心底里的蕴蓄了;
  不过是一个”不走”而已。
 Wǒ yě céng yǒurú xiànzài de qīngnián yīyàng,
 xiàng yǐ sǐ hé wèi sǐ de dǎoshīmen wènguò yīng zǒu de lù.
 Tāmen dōu shuō;
 bùkě xiàng dōng, huò xī, huò nán, huò běi.
 Wǒ zhōngyú fā jiàn tāmen xīndǐ lǐ de yùnxùle;
 bùguò shì yīgè” bù zǒu” éryǐ.
 私もかつては今の青年たちと同様に、
 すでに亡くなった、あるいはまだ亡くなっていない指導者たちに歩むべき路を尋ねたものだ。
 彼等は皆こう言った。
 東あるいは西、あるいは南、あるいは北へ向かってはならないと。
 しかし、東あるいは西、或は南、或は北に向かうべきだとは言わなかった。
 私はようやく彼等の腹の底にある蘊蓄を発見した。
 それは、ただ「行くな」ということだった。