今日は10月23日、水曜日です。今朝は5時に浅虫温泉宿屋つばきで目覚めました。昨夜は、6時半から宴会で9時には部屋に戻り、温泉にゆっくり浸かり、10時には眠くなり、ベッドに横になりました。今日は津軽弁の日です。高木恭三さんの命日です。今夜は早く家に帰り、「まるめろ」を読むことにします。
今日の子規歳時は、子規の誕生日旧暦9月17日が10月23日でした。明治33年の誕生日に詠んだ句です。
この箴言は、「『偽自由書』前記」から抜粋したもので、前記と標題されたこの文章は、1933年7月19日に上海で書かれたものです。
我向来的意见,
是以为倘有慈母,
或是幸福,
然若生而失母,
却也并完全的不幸,
他也许倒成为更加勇猛,
更无挂碍的男儿的。
私の前からの意見では、
もし慈母がいれば幸福であるかも知れないが、
しかし、もし生まれて若くして母を失ったとしても、
それがまったくの不幸だいうわけではなく、
その子供はかえってますます勇猛になり、
後に心をひかれる心配のない男児となるかもしれない、と考えていたからである。