魯迅箴言日記 2020/1/4 新宅に掛くる釘なし初暦

 今日は1月4日、土曜日です。2020年の最初の週末です。9連休も残り2日です。朝起きて、歯を磨き、髭を剃り、熱い風呂に入り、髪と身体を洗い、すっきりしました。気分もとてもいいのです。この1週間で食べて飲んだ結果、体重が3キロほど増えました。今日からまた、減量作戦開始です。

 

 今日の子規歳時は、「新宅に掛くる釘なし初暦」(明治32年)です。ここで、「掛くる」は「掛ける」のことです。季語は「初暦」です。子規が根岸の新宅で正月を迎えたのは、明治26年のことでした。私がいまの浪館の新宅で正月を迎えたのは40年前です。三内の家で迎えたのは、55年前のことでした。もちろん初暦を柱に掛けることはしませんでした。

 

 今日の魯迅箴言は、箴言352です。

 现在中国有一个大毛病,

    就是人们大概以为自己所学的一门

    是最好,最妙,

    最要紧的学问,

    而别的都无用,

    都不足道的,

    弄这些不足道的东西的人,

    将来该当饿死。

    其实是,世界还没有如此简单,

    学问都各有处,

    要定什么是头等还很难。

 いまの中国には大変悪い癖があります。

 それは、人々が大抵、自分のやっている学問が、

 一番いい、一番面白い、

 一番重要な学問で、

 他の人がやっているのはみんな役に立たない、

 取るに足らないものだ、

 こんなつまらない学問をやっている連中は、

 やがて餓死するのがあたりまえだ、と思っていることです。

 ところが本当は、

 世の中はそんな簡単なものではありません。

 学問はそれぞれに役立つのです。

 どれが第一等であるかをきめようとしてもそれは大変むずかしいことです。