魯迅箴言日記 2021/05/05 若楓仮名巧なる写し物(明治34年、1901年)

 今日は5月5日、子どもの日です。今日は水曜日ですが、5連休の最後の日です。今日は昼前に生協の購入日ですので、自転車で風晴さん宅へ行ってきます。休日で気持ちに余裕があるのはいいことです。一日二階の書斎にいて、どれだけ小説がかけるかやってみます。

 今日の子規歳時は、「若楓仮名巧なる写し物(明治34年、1901年)」です。

 今日の日本国憲法は、憲法第57条です。

 第57条〔会議の公開、会議録の公表、表決の記載〕

(1)両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の3分の2以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。

(2)両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。

(3)出席議員の5分の1以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。

 今日の魯迅箴言は、箴言365日の第330日目「およそ時弊の攻撃については、」です。

 原文;

 凡对于时候的攻击,文字须与时弊同时灭亡,因为这正如白血轮之酿成疮疖一般,倘非自身也被排除,则当它的存留中,也即证明着病菌尚在。

 拼音;

    Fán duìyú shíhòu de gōngjí, wénzì xū yǔ shíbì tóngshí mièwáng, yīnwèi zhè zhèngrú báixiě lún zhī niàng chéng chuāng jiē yībān, tǎng fēi zìshēn yě bèi páichú, zé dāng tā de cúnliú zhōng, yě jí zhèng míng zhuó bìngjùn shàng zài.

 訳文;

 およそ時弊の攻撃においては、文章は時弊とともに滅びるものだ。というのも、白血球が出来物を腫らすのと同じく、みずからが排除されずに、その命が残っている限り、病原菌をまた存在することを証明しているのだから。