トルコ桔梗を薔薇に見紛う

 息子の名刺を頼まれたのを機に、自分の名刺もつくることにしました。慣れない作業を始めたためか、朝6時からとりかかって昼過ぎまでかかってしまいました。つい、うっかり午後からの会議に出席する予定を失念してしまいました。息子の名刺はフォルムとフォントを決め、あとは校正だけにし、自分の名刺は肩書きつきのとないのと二通りつくることにした。肩書なしでも、何かいいわけをつけたい気になって、少し考えました。無色(透明ではない)・無職(失業はしていない)・無食(三度に二度だが)・無触(欲望がないわけではない)・無属(無為な団体を除き)と書いたら名前を入れるスペースがなくなってしまいました。これは諦めることにしました。肩書のない人間に名刺は必要ないことを自覚させられました。結局、肩書をいれたものをとりあえずつくってみることにしました。肩書を「原子力防災研究所 代表」とし、事務所を「政治経済研究会」としました。いたずらついでに、自分の顔写真とカバの写真もいれました。どうぞ、ほしいかたは、記念にもらってください。
 市役所に「なぜ、市民に大震災・停電による被災者証明書を発行して、東北管内高速道路無料の国土交通省のバラマキの恩恵をうけさせないのか」「これこそ市民を元気づけ、最高の産業振興策ではないのか」と文句をつけに行った帰り、幼友達のやっている居酒屋に寄り、カウンターの二輪挿しを見て「きれいな薔薇ね」と言ったら、「この花はあなたと違って棘のないトルコ桔梗よ」と幼稚園の時よりきれいになったママに叱られました。
 災害から立ち直らなければならないのは、なにも岩手・宮城・福島の人たちばかりではない筈です。私たちだって、生まれて初めて一晩、電気もない、テレビも見えない、そんな不安のなかでまんじりともしない一夜を過ごし、そして、ほとんどの市民が11日午後2時46分から数日間は仕事も手に付かなかった筈です。被災地とは連絡もつかず、救援に向かおうにもガソリンがなく、ほとほと辛い哀しい数週間だったはずです。
 何も、災害の義捐金がほしいのではないのです。東北地方の人であれば、停電を理由にして被災者証明を自治体当局が発行しさえすれば、高速道路をどうぞ6月20日から今年一年間は無料にしてあげます、という国交省がこんな面倒なことのない近年にない素晴らしい政策(私は一種の減税策だと思う)を6月8日に出したのにそれを一顧だにしようとしない市役所の無為無策ぶりを穏やかに指摘しに行った高校同期の友人に付き添っただけなのです。
 自治体当局の判断だけで、市民全員を被災者として高速道路無料にすることができるのに、あえてそれをしないで、被災地に二親等以内の罹災者がいる市民を被災者とみなす(国交省はあくまで被災者とし、誰を被災者とするかは自治体の判断としている)という、(これでは沖縄の市町村民でも被災地で二親等以内の親族が罹災していれば被災者とみなせることになり、国交省の高速道路無料の趣旨に反する)違法的行為になるのではないかと友人は指摘しています。
 30万市民が等しく、明かりもなく、暖房もない一夜を過ごすという災難にあったことは間違いがないことであり、それを高速道路無料のための災害としてもいいのに災害としない根拠は何なのでしょうか。地震津波を警戒して、避難指示を出された人たちも大勢いたのにです。それに、夜間から朝にかけて信号機のつかない道路・交差点を通行するのがどんなに危険で恐怖だったか、ご存知なのでしょうか。土曜日日曜日の結婚式や会合がすべてキャンセルされたのをどう考えるのでしょうか。停電は災害でないと言い張る市当局は、はたして3月11日の夜、市民がどのようにして一夜を過ごしていたか、知っているのでしょうか。避難所を見回りして状況を把握していたのでしょうか。もっと、市民を信頼し、市民を勇気づけ、元気づける施策を講ずべきだと主張する友人の熱い情熱にほだされて私も思わず、「そうだ」と叫んだのでした。