我が家のアイドル 横浜の晴仁君

 横浜にいる次男のところの晴仁君4歳の写真をブログの写真に借用した。なんともかわいい孫だ。
 
 さて、今日の魯迅箴言は、
 
「世界如此广大」
「世界はこんなにも広い」
 
 世界がこんなにも広いと実感したときが二度ある。
 一度目は、長男がロサンゼルスにいたときだ。彼は、ロサンゼルス国際空港から車で15分くらいのホーソーンという町の日本人が管理人をしているアパートに住んでいた。当時、公認会計士になったばかりの長男はまだ独身で、ロスの監査法人に勤めていた。四年年ほど前、私はねぶた遠征を見に長男のいるロサンゼルスに長男の大学の先輩のサンセットビーチに面した高台の家に朝食を招待され、朝食後、もう少し南のラグナビーチの公園を散策してその先輩の家で、アナハイムエンゼルスとニューヨークヤンキースの試合まで、午後のひとときをビーチに面したテラスで二時間ほど太平洋を眺めていた。
 太陽が燦々と降り注ぐ芝生の白いロッキングチェアに座り、庭のテラスから見はらすと、眼前に広がる真っ青な海原の中央を白い波を尾のようにひきながら貨物船がゆっくりと斜め北に向かって航行していた。空が青のグラディエーションで限りなく薄くなる頂点に輪郭線のように、遮るものなく南北に引かれた水平線の向こうの陰にあるであろう日本列島を頭に描いて、私は「なんて世界はひろいのだろう」とつくづく思ったのだった。
 もう一度は、昨年8月に中国の長春に行って感じました。仙台空港から長春空港までは二時間強でしたが、日本海を挟んで、大陸の奥へ進んでいくのが、飛行機の窓から良く見えました。
 長春空港は満州の平原のなかにありました。空港の四方に山がありませんでした。ほんとうにだだっ広い平原でした。周りをみわたしても、ところどころに暴風林があるだけで、他には風雨をさえぎるものは何もありません。すごいと思いました。いままで圧迫され、縮こまっていた細胞、血液、皮膚の表面が、一挙に弛緩していくような感じでした。空港から長春の市街地の大学までの50分ほどのドライブで、「さすが、大陸、世界はひろい」とつくづく感じたのでした。その日以来、中国の感想は、「どうしてこんなに人が多いのだろう」に変わったのを覚えています。
 私の中国での教え子の中には、大学に来るまで、一度も、海山河そして湖も見たことがなかったという学生が何人もいたのが、中国の広大さを物語っています。ただ、私は中国に行くたびに、自分は世界の70億人の一人で、中国の14億人の一人にすぎないと実感させられるのです。
 世界はこんなにも広いし、世界にはどこにこんなに人がいるのだろうとびっくりするくらいに人が多い、というのが魯迅箴言に対する私の言葉です。広い世界の中の、とても数えられないくらいの人間のなかのちっぽけな、それでもかけがえのないひとり、それが私なのです。
 この春、孫の晴仁君が幼稚園に行きました。晴仁君の胸のネームプレートの姓を見て、私はこの子の祖父であることを実感し、この子の笑顔をみることができただけでも、ちっぽけな自分の存在の証としてささやかな満足を感じたのでした。